プロフィール

諒

Author:諒
■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
カテゴリー
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | 【--------(--) --:--:--】 | Trackback(-) | Comments(-)
真の自分について(完)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

ここで話をしているのは、ここにいる何名に話しているをしていると、

皆さん方は、錯覚しています。

そうだったら、私は話しません。

価値がないからです。

目に見えない方々、皆さん方のご先祖の方々、大きな供養に

なることを知らなくちゃなりませんよ。

皆さんがたが何万回、重箱をあげるよりも、ご先祖に、ここに

集まっていただき、こういうお話を聞かすことが如何に、

供養であるかが、おわかりになると思うんですね。

ご馳走あげることが供養ではないわけです。

供養というのは、真の我に、その真理を理解することが、いかに

供養であるか。

奉げ物をささげることが供養ではないわけです。

真理を奉げることなんです。

これが一番大事なことなんです。

それが今日の真の自分について、彼らもまだまだ、

真の自分については無理解のようでございます。

だから、ここで私が話をするたびに、殺到して、話を聞いて、

自分の悟りを徐々に高めている方々でございます。

だから、皆さん方にこういう理解がもっともっと、皆さん方の

中に高めて、完全なる我、真の我を肉を通して、表現していかん

ことを、私は望んでやまないものでございます。

今日は、これをもちまして、真の自分についての説明を

終わらせていただきたいと思います。

本当にありがとうございました。



--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




スポンサーサイト
真の自分について | 【2006-05-17(Wed) 22:29:43】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真の自分について(18)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

それに皆さん方、負けないように。

勇気を持ってそれを克服しなくちゃならない。

だから、イエスは、我は世の悪を克服したものであると言われた

のです。

あなたがたも世の悪であるその迷いの姿を克服しない限り、

真の勇者、天使にはなれないわけです。

それを今、私たちは修行中でございます。

その悪をいかに克服できるか、悪の誘惑に負けないようにするか、

負けたら皆さん方、もう心の中に苦しみとなって入っていますね。

それが、皆さん方、よく負けるんです。

ここで、話を聞いている間は、よし今度こそは負けないぞと言って、

ここを離れていくんだけど、負けて、また「先生、私苦しいー。」

と言って戻ってくるんですね。

それをはりのけるのも自分自身。

だから、それを難行苦行と言うわけです。

難行苦行とは、山の中にこもることが難行苦行ではないんです。

今、私たちは、ものすごい難行苦行を受けているんですよ。

だから、きびしいんです。

神の道が、簡単であるのならば、神の世界が価値あるものではないわけ

です。

非常に厳しい中を切り開いていくことによって、神の完全さが偉大

であることが分かるわけです。

簡単に取り入れるものであるのならば、値打ちのあるものでは

ありません。

色々値打ちのあるものというのは、簡単に手に入らないからこそ、

値打ちがあるのではないでしょうか?

あなたがたの悟りも簡単に手に入るようなものではないのです。

世の悪と世の誘惑に打ち勝つことなのです。

それに打ち勝たなかったのならば、敗北者であるのならば、

私たちは、汚れ、けがれ、そのまま来世を待つしかないわけです。

この世には、無知のまま、あの世に帰った方がいっぱいいます。

今、私の話を聞きながら、その方々がいっぱいここにいらっしゃい

ます。

あなたがたの数倍を超える人たちがいます。

皆さん方は、肉を去った方々とあなたがたと遠いところに

存在するものではなく、その目に見える、物質質量がないだけ

なんです。

みんな、同じところに住んでおられます。

そういう方々も、今まで、私のような話を聞いたことがない。

これは珍しい人材が沖縄に生まれてきたなと言っておられます。

それは、今聞いた話ではなく、何回もその霊人から、わたしは

御礼を言われたことがあります。

そして、内界へと内界へと、実相世界へと、彼らも幻想の世界から、

神我を顕現して、神の世界へと完成を整えて帰られた方々からの

お礼を私は何回もいただいています。



--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-17(Wed) 01:15:36】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真の自分について(17)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

それを実在だと受け止めているから、苦しむんです。

ここにある世の中にある悪というのは、影であって、実相では

ございません。

幻なんです。迷いの姿なんです。

だから、心の影を見て実在とするなかれと私は言いたいんです。

それは迷いの姿であって本来の姿ではありません。

皆さん方は神我とは何かというと、完全無欠の我であり、実相であり、

そして神界に存在するものなのです。

だから、2人の自分があることを知ることです。

偽りの自分とほんものの自分。

今、私たちは、偽りの偽我というものを自分だと思って、外の

3次元界で、生活しているわけです。

しかし、その偽我の自分とは何かというと、本来は神我の我を

この世に顕現せんがために、皆さん方にこの肉体が創造されている

わけです。

神我顕現のために、肉体は存在しているのです。

だから、皆さん方は、この肉を通して、何パーセント、本当に

完全なる言葉遣いと思いと行動ができるか?

それが善あるのみなんです。

善悪は迷いの中にしか存在しない。

そこを私たちはよく気をつけていただきたい。

もう、○○さんなら、理解できましたね。

実相の自分を眺め、そこに自分の中に完全無欠の自分が我なんだ

、その肉体というのは、完全なる我を表現せんがために、この

3次元に創造されていたものであった。

それを知らずに私たちは、その肉我で生きている周辺の自分の環境、

思想、そして教育に目が眩まされてしまって、とうとう自分まで

偽我の環境の中で、迷いの中にぼっつりとつかっていたことを

知ることです。

周囲が迷い人だから、我も迷い人であっていいものということは、

どこにも存在しないわけです。

だから、私たちが今、厳しいのは、周囲の自分の旦那さん、自分の

子供、周囲の人々がみんな迷っているために、そこで自分が完全で

あることに勇気が要るわけです。

勇気が要ります。

周囲がみんな迷い人だから。後ろを見ても横を見てもどこを見ても。

迷い人だけだから。

自分の完全さであるその神我を、この世に現すということは、

相当の勇気がいるわけです。

なぜなら、常に私たちは、悪の誘惑を受けるからです。

周囲の誘惑、家族の誘惑、その誘惑に、皆さん方は

耐えきれるんだろうか?

ひょっとすると神我であると思いながら、カーとなって短気が

おこる場合がある。

それはサタンの誘惑に負けているんですね。

あるいは友達に誘惑されて、色々な誘惑が世の中には待っている

わけです。

それは五感の感化というサタンなんです。

--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-14(Sun) 13:37:34】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真の自分について(16)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

それはできるものではありません。

皆さんがた自らが体験することです。

正法真理の実践というものは、神我を肉に現すことが実践なんです。

あなたの3次元の肉に、その神我は完全ですから、完全さをあなたの

言葉において、思いにおいて、行動において、表すことが正法実践で

ございます。

これ以外にどこにも正法実践はありません。

それが正法実践でございます。

正法というものは、神我にしかないのです。

神我を我に現す、肉体に現す、それが正法実践でございますね。

正法には、決して憎しみもなければ、怒りもないし、そしりも

ないんですね。

悪口もないのでございます。

正法に、憎しみや怒りがあるのならば、正法ではないのです。

それは末法となるのです。

だから、わたしは正法家であると名乗りながら、人の批判をしている

正法家がいっぱいおられます。残念です。

これは正法家ではありません。

正法実践である、正法というのは、正しい言葉、皆さん方は、

まだまだ正しく物を見ていない。

本物を見ていない。

それを正しく見る、正しく思う、正しく語る、せめて、皆さんがたが、

この3つでも出来るようになりましたら、皆さん方は正法家で

ございます。

ものを正しく見ていますか?

喧嘩している人を見て、罵り合っている人を見て、嫌らしい人間だな

と皆さん方は思うでしょう。

そうしたとき、皆さん方は、正しくものを見ていないのです。

彼らは、迷いの姿、偽我のぶつかりあいであって、本性ではない

のです。

本質的ではないのです。

彼らは、偽我の現れであって、神我の現われではないのです。

彼らは迷っているなと見るのは正しく見ています。

だから、皆さん方は、まだまだものごとを正しく見るという

ことを実践しなくちゃならないのですね。

罵り合っている相手方を見て、嫌らしいなと思ったならば、

彼らは迷って苦しんでいるな、偽我で生きているんだな、

神我というものを知らないんだなと思えば、愛しくなるわけです。

愛したくて、しようがない。

そのとき、神よ、仏よ、そのものにやすらぎを与えてください。

光を与えてください。

自ずから祈らずにはいられないでしょう。

それが、神我の現われなんです。

それは、皆さん方、正しくものを見ています。

正しくものをみているわけです。

正しくものを見ることができるのならば、皆さん方、おのずと

正しく思うことができるのではないでしょうか?

正しくものを見ることが出来ないことによって、正しくものを

思うことができないのです。

正しく思うことが出来るのならば、おのずと正しく語ることが

出来ると思うのです。

だから、私たちの五感の目は、迷いを見ているんです。


--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-13(Sat) 10:19:26】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真の自分について(15)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

みなさんの心には、まだまだ色々なしこりがありますね。

あります。私は見て分かります。

皆さん方に一人一人、まだまだその真の自分というものを

保っていませんので、いろいろなしこりやあなたを苦しめている

束縛、あなたの自由を奪っているものが、皆さん方の一人一人の

心の中に見えるわけです。

それは、まだまだ神我という真の自分を自覚していない。

そして、偽我の無知が受け入れている心。

心に曇りがあるわけです。

心に曇りがある間は、皆さん方は、純白な心、神の御心には

なっていないわけです。

迷いがまだあるわけです、心の中に。

その迷いが心のスモッグとなっているわけです。

曇りとなって、皆さん方は、なかなか心が晴れないわけです。

心が晴れないのは、迷いを取り入れているから。

無知そのものがまだまだ、心の中に、住みついているわけです。

無知が開放されたとき、どうなると思いますか?

清い心となるわけです。

そのことをイエスは、心清きものよ、幸いなり。

そのものは、御国に入るだろうといわれたのです。

皆さん方の心が、清くなったとき、もうあなたの心の中には、

その皆さんの心を乱すようなものはなくなるわけです。

乱された心は、心が清い人間とは言いませんね。

皆さん方の心が乱されたとき、どういう状態が起こりますか?

体験してますよね。

いらだちますよね。

心の乱れていない、清い人間、純白な心というのは、乱れが

ないんです。

いつも平安でいるわけです。

誰があなたの心を乱しますか?

あなた自身なんです。

あなたが無知で色々なものを、実在しないものを受け入れること

によって、心は汚れ、汚れるわけです。

それが皆さん方の束縛であり、苦しみであり、悲しみであり、

色々な不調和を起こす原因となるものなのです。

それがなくなったとき、神のような心になるわけですね。

それは、あなた方自身がとりなして、やらなくちゃならない。

それを知るためには、真理を知らなくちゃならない。

真理とは何か?

皆さん方、真理が何であるか、お分かりですか?

真理とは真実なるもの、現実的なもの、実際的なもの、

であると同時に、目に見えないものであるわけです。

目に見えるものは真理ではないわけです。

外に真理は存在いたしません。

目に見えないところ、それを取り出して、皆さんに説明できない

ことが私の苦しみでございます。

本当に皆さんに、取り出して、ここが実相世界なんですよと

見せたいくらいなんですね。


--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-10(Wed) 21:29:59】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真の自由について(14)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

皆さん方は真理を知ることによって、真理は汝を自由ならしめん。

真理を理解して、真理を行うことによって、皆さん方は、この偽我

で作ったすべての制約、束縛から解放されて、自由を得るのでは

ないでしょうか?

そのことを真理は汝を自由ならしめん。

真理とは何かというと、実在、神我のことなんです。

神我を知ることによって、皆さん方は、偽我が消えるわけです。

偽我なるものは、本物が現れれれば、偽物の偽我は消えますね。

皆さん方は、どうですか?

本物が現れれば、偽ものは、闇ですから、本物という光が現れれば、

闇は消えませんか?

消えるわけです。

例えば、数学でも本物の答えが出れば、間違った答えは消されるのです。

それと同じように、今、私たちは間違いだらけのものの中にいるわけ

です。

そうすると、そこに本物が現れれば、おのずから偽物は消えてなくなる

わけです。

あなたの本物の我が現れれば、偽物の偽我である我は消えるわけです。

それが自由を得るわけです。

観自在、菩薩となるわけです。

今、皆さん方を束縛しているのは何だと思いますか?

無知なんです。

真理に対しての無知が皆さん方を束縛しているのです。

だから、皆さん方は、真理を学ぶことによって、理解することによって、

皆さん方は、自分を束縛していたものから開放されるわけです。

そのことを真理は汝を自由ならしめんとイエスは言われたわけです。

最大の罪とは何かというと真理を知らないことが最大の罪であると

言われたわけです。

真理を知らないものが罪を犯すからです。

真理を知っているものは、罪を犯さなくなるのです。

だから、皆さん方は、学ばなくちゃならない。

行わなくちゃならない。

実践しなくちゃならない。

皆さん方は、その分だけ、人より束縛から開放され、自分を縛って

いたのは、自分の無知であったと。

あなたを苦しめているのは、誰ですか?

あなた自身の無知であることが分かりますね。

あなた自身の真理に対しての無知が、あなた自身を苦しめ、

束縛しているのです。

皆さん方は、真の自分を、我を知って、真理を学ぶことによって、

無知から開放されるわけです。

これを自由、真の自由というわけです。

今、私たちは真の自由を理解している人々は、世の中にあまり

見たことがありません。

みんな、この世の物質的な自由を、自由だと思っているのです。

だから、3次元的な自由であって、本質的な自由ではありません。

心の面では、実際、苦しめられています。

真の自由というのは、心が開放された、何もない空の状態。

縛りのない、囚われのない、苦しみのない、純潔、純白の心、

これが真の自由でございます。

--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-09(Tue) 22:37:28】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真の自分について(13)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

だから、皆さん方のひとりひとりが、霊性さを保って、なぜそうなるか

という悟りによって、皆さん方は、自分を完成して、真実なる自分を

この世に現していただきたい。

そうしたとき、皆さんがたは、この神我を肉を通して現したとき、

周囲の人とどうなると思いますか?

どのようになると思いますか?

周囲は、みんな変わりますね。

この人はもう素晴らしいと言うでしょう。

そうです。これが世の光なんです。

これが天照大神の象徴でございます。

我は世の光なりと言われたわけです。

神の再臨でございます。

肉を持った神様、生き神様となるわけです。

そのことをイエスは、人間は生きた神の宮なりといわれたのです。

皆さん一人一人の中に、生きた神が実在するわけです。

その生き神様が、神我であるわけです。

そうして、肉というものは、宮というものは、その生きた神を

表現する世の光となるわけです。

イエスは、我は世の光なりと言われたわけです。

神我を現したとき、世の光となるわけです。

日本語では、天照大神となるわけです。

平安のことを、日本では、不動明王さまと呼んでいるわけです。

平安ということは、もう迷い人の言葉にもう迷わされない。

姿にも迷わされない。

そんなものには関係ない、不動の精神。

それが不動明王なんです。

それはみんな象徴であって、不動明王の仏像を拝んだからといって、

不動明王になるわけではないんです。

私たちは、悟りによって、不動明王になるわけです。

不動明王になっていますとそれは、知恵が出てまいります。

冷静の人は、いつも知恵に満ち満ちているのです。

そうしたとき、文殊菩薩となるわけです。

わかりますね。

文殊菩薩には知恵がありますので、千人にも万人にも法を説くわけです。

真理を説くわけです。

それを千手観音というわけです。

それはみんな悟った人の象徴であって、象徴を拝んでどうなるのかと

私は言いたいのです。

皆さんがたが、不動明王であり、千手観音であり、文殊菩薩であり、

天照大神であってほしいわけです。

それを私たちの偽我なる、盲目なる無知なる者は、いろいろとそれを

神だと拝するようになったわけです。

それが自分の中にあることを忘れていったのです。

特別のものが、そこにどこかにあると空想、幻覚、幻想している

わけです。

それを奉って、一生懸命拝んでいる無知の姿。

拝んで何になりますか?

不動明王さまを拝んだら、不動明王になるんですか?

それは自己満足というものなんです。

それは何万回拝みましても、自分がそうならなくちゃならない。

という存在を知ることです。



--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-08(Mon) 23:00:29】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真の自分について(12)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

信頼感を得てまいります。

これは、わたしの体験を通してやっているからです。

体験をしていなければ、私は皆さんの前で申し上げることは

ありません。

私は、自分のものに入ったもの、金は、自分のものとは思って

いませんので、どんどん使います。

私のために使うのではないのです。

人様のために、色々と今、奉仕をさせていただいているのです。

奉仕をするとどうなると思いますか?

それは、作用・反作用の法則ですので、どうなっていくと思いますか?

与えれば与えられんの法則で、皆さん方も、それは日常生活で体験

されていると思います。

与えて与えられない法則というのは、どこにもないのです。

奪えば奪えられる。

与えれば与えられんの法則。

それに本当に、そのようにのったのならば、もう皆さん方は、

しめたものなのです。

それが皆さん方の貧乏を解決してくれることなんです。

それは必ず、ものを与えることだけではないのです。

ものよりももっと大事なものがあることを知らなくちゃならない

のです。

わたしは何を多く与えているのかというと、真理を与えているのです。

人様に真理をです。

こういう生き方をしますと、こういうものから開放されますよという。

こういうものの考え方は、こうなりますよということを、全国を

まわって、こういう話をさせてもらっているのです。

そうすることによって、全国の人が、迷いから完全なる神我に帰って

いただきたいという愛の奉仕をさせていただいているわけです。

愛あるところ、常に神が存在いたします。

だから、私は常に恵まれているわけです。

これを皆さん方もその通りの生き方、勇気をもって実践して

いただきたい。

それは、金銭的な、物質的なお金よりも大事なものを人にささげる

わけです。

愛というものをね。

だから、そうしたとき、皆さん方は、神我に近づくわけです。

どうでしょうか?

肉体の役目、もうお分かりですね。

肉体が何で、この世に存在しているのか?

これは、神我である神をいかに、私たちが、神我を肉を通して、

表現するために、創造されたか?

それが皆さん方の繰り返し、転生輪廻であったわけです。

今世で皆さん方は完成しますと、輪廻という道草を食う必要は

ありません。

何回も何回も道草を食って私たちは、数世紀にわたって、

生まれ変わりをしてきたわけです。

何回も何回も失敗を犯しまして、なぜ、失敗を犯したかというと、

こういうことを説く人がなかなか出てこられなかったからなんです。

だから、誰も教えてくれないから、それがわからなかった。

しかし皆さん方は、今恵まれています。

こういう教えをする、肉体とは何か、神我とは何か、偽我とは何か、

この3次元とはどういうところなのか、あるいは天上界とはどういう

ところなのか、はっきりとそれは、皆さん方に見せるわけには

いかないのです。

それは悟りによって得るものなのです。


--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-07(Sun) 22:24:49】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
真の自分について(11)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

彼らはそうすることによって、余計苦しんでいるわけですよ。

人を迫害することによって。

そしることによって。

可哀想な同胞であるわけです。友であるわけです。

これを私たちが許さないという追い討ちをかけるということは、

自分も偽我であるということなんです。

自分も迷える存在であって、悟った存在ではないわけです。

非常に大事なものなのです。

だから、その、迷っている自分と悟った自分には、何の境目も

ないわけです。

あなたがた、神と自分との間に、何か境目があると思いますか?

あなたの迷いの中に、神と自分との分離をしている防壁がある

わけです。

これを取り除けば、皆さん方は、みんな、完全無欠の神界の存在

なんです。

だから、このことを、みんなが悟ったとき、地上天国というのが

訪れるわけです。

そうすると、地上天国というのは何かというと、みんな、自分が

我は神我であったという肉体に完全さを現したとき、真のユートピア、

真の地上天国が、この地上界に訪れるわけです。

天国というのは、あそこに見よ、ここに見よというものでは

ないわけです。

私たちの心の中に、悟りの中に、天国はあるわけです。

憎しみがなくて、そしりがなくて、怒りがなくて、悪口がなくて、

真の平安、本当の神我の完全なる我を現しているものは、どこに

おっても天上界なんです。

この3次元においても、天上界なんです。

もうそこには、自分を迷わすものがない、狂わすものがない、

妨げるものがない。

なぜなら、妨げているものは、みんな迷いであるということを

知っていますので。


だから、我々は、知らず知らずのうちに、こういうことを知る

ことによって、貧乏というものがどういうことが原因で、貧乏

になったか、それもわかるようになって、皆さん方は、貧乏に

なる必要がないんです。

なぜなら、神我は無限の供給であり、あなたがたが本当に

神我に目覚めたということになりますと、そこに欠乏というものは

ないんです。貧乏というものは、なくなります。

現実に、今、わたしのことを、皆さん方、貧乏のように見ている

かもしれませんが、大金持ちなんです。

なぜなら、神のものはわたしのもの、わたしものは神のものである

ということを知っているからです。

わたしは、この地上界のどなたよりも大金持ちなんです。

彼らが持っているのは有限の富なんだけども、私がもっているものは

無限の富なんです。

だから、わたしはどこにいても平安なんです。

それも皆さん方にも、もうやがて理解できてきます。

その実相と、偽我である、その神我と偽我との、この関係が

分かってきますと、皆さん方力そのものであり、知恵そのもの

でありますから、皆さん方、その3次元的な金を得る力と、

あるいは、この神我が現れてきますと、多くの人々から信頼感、

ものすごい信頼感を得てきますので、あなたが貧乏するということは

なくなるわけです。



--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-05(Fri) 23:44:39】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真の自分について(10)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

---------------------------------------------------

本物というのは、神界の神我の我に到達したとき、本物のものの

見方ができるんです。

皆さん方の目は、あってないようなもの。

なぜなら、迷いしか見えない。

悟りが見えない。

悟りとは何かと言ったら、分からない。

迷いといったら、みんな分かっている。

嫌らしい姿、嫌らしい言葉、嫌らしいものしか見えない。

それを真実なるものである、現実的なものであると受け止めている。

だから、迷いの心が生じるわけです。

心は混乱します。心は苦しみます。

これは、実相ではないんです。仮相なんです。

影なんです。幻想なんです。

それをわたしたちは、ご先祖の祟りだとか、水子の祟りだとか、

いろいろなものを幻想して、自らが画いて、その恐怖の中に、

自らを地獄に閉じ込めている存在。

仮相の中に閉じ込めている。

で、恐怖しておののいているわけです。

決して、皆さん方は、実相において一度だって、苦しんだことも

なければ、悩んだこともない、完全無欠の存在である自分。

それが、皆さん方に内在する神我でございます。

真の姿。真の我。

もう今日で、真の自分について、わたしは完全無欠の存在で

あったんだけれども、私の肉の感化というものの考え方が、

狂っておったんだな。

この肉体というものは、この神我そのもの、真の我をこの世に、

真実なるものを表現するために、創造されたものだったんだ。

と今日、ここでお悟りになることなんです。

そうしたときに、皆さん方に真実の姿が顕現されてくるわけです。

これを神我顕現という訳です。

お分かりですね。

何パーセント神我顕現が出来たんだろうか?

それに非常に皆さん方の、その神我顕現が何十パーセント出来たか

によって、皆さん方の霊格、というのが決まるわけですね。

不完全なる者に、霊格が高い人がいますか?

だから、いろいろな人の悪口を言ったり、あの人は動物霊がついて

いるとか言う人は、まだまだ不完全なんです。

そういう人の悪口を言ったり、そしったりしているひとは、

神我にはそういうそしりとかはないんです。

彼は神を知らない。自分の実体を知らない人が、人に悪霊が

ついている、地獄霊がついている、動物霊がついているというのは、

みんな偽我から出てきているんです。

迷いの言葉なんです。

だから、わたしは、ある人から動物霊がついていると言われたんですよ。

言われたけれども、迷った人が言っているんだから、いいんじゃないの

と思うわけです。

可哀想になるんです、言っている人が。

だから、皆さんがたは、自分を迫害する人は、迷っている人が迫害

するのであって、悟っている人が迫害する人はいないわけです。

だから、皆さん方の悪口を言っている人や、迫害をしている人たち

さえも許せるのではないでしょうか?

--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-04(Thu) 00:06:30】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
次のページ
スピリチュアル
ブログ内検索
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。