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■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

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真の自分について(9)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

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そこには何の分離もなかった。私たちの偽我の心の中に、分離と

差別があるわけです。

無差別なんです、神我に入りますと。

だから、私はよく皆さん方に言うわけです。

あなたはわたしの中にいます。

わたしはあなたの中にいます。

わたしがそう言っても、皆さん方は、なかなかその答えを出して

くれない。

なぜそういうんだろうかと言うと、神我の中には、分離も差別も

何もない存在。

大宇宙という大生命そのものしかないわけです。

一元しかないわけです。神一元の中に分離も差別もないわけです。

神は、完全無欠の方でございます。

完全無欠であるならば、ありてあらゆるものも完全無欠であるべき

なんです。

完全の中に、完全無欠の中に、不完全なるものがありえますか?

もしあったとするならば、完全無欠でなくなるわけです、神は。

神は完全無欠であるということは、私たちの心が、その不完全さを

作り出して、自らが苦しんでいるのであって、実相においては、

真実においては、苦しみも迷いも何もないということが分かる

わけです。

そこを皆さん方は、よく理解しなくちゃなりませんよ。

なぜ、そう言うんだろうか?現実にあるんではないのか?

と皆さんは言います。病気もあるんじゃないか?

苦しみもあるのではないか?

あなたが苦しんでいると思っているだけ。

病気があると思っているだけ。

あなたがその神我の我を肉に現したとき、完全さを現したとき、

病気がありましょうか?

神我に病気がありますか?

苦しみがありますか?ないです。

苦しみは迷いが作っている迷いそのものなんです。

非常に大事なところなんですよ、今日言っているところはね。

それを知った人と知らない人とは天と地の差が出てきますよ。

今日のお話は、非常に大切な部分なんです。

そして、あなたがたは軽く目をつぶっていただいて、あー、本来の

私は神我であり、神であり、完全無欠な我が我であり、私の真の我は、

神界に存在し、この肉体というのは、その神界の我を、この世に現さん

がために、肉体があったんだなというお悟り。

そうしたとき、皆さん方は、もう自分の本質、真の自分を知って

おられますので、肉を通して、真の自分を現す修行が今日から

始まるわけです。

そうすると、それを知った人と知らない人と、天と地の差が

あるわけです。

今日、皆さん方に、これが明かされたということは、非常に

大事なことですね。

ここに来るたびに、いろいろな真理が明かされてくるわけです。

それを聞く人と聞かない人とでは、天と地のものの考え方が

違ってくるわけです。

今、世の中には、たくさんの盲信家、狂信家がいることを

私は残念に思っています。

彼らの思っていることは、観念であり、空想であり、偽我で

解釈しているわけです。

偽我のものさしで、迷いのものさしで、ものを見ているのです。

それは曇って、ひずみがあって、色づいて、本物ではありません。



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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




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真の自分について | 【2006-05-01(Mon) 20:16:29】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真の自分について(8)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。

(1987.09.10より)

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この潜在意識はやっかいなもので、神意識も記憶するし、表面意識も

記憶する。

それが、皆さんの持っている中間意識と言われている潜在意識

なんです。

だから、その潜在意識は、皆さん方がこの世で修行したものを記憶

してそのままの意識状態でしか帰れないんです。

憎しみ、恐怖をいっぱい持っているものは、憎しみの世界にしか

帰れないんです。

ねたみや怒りをいっぱい意識しているもの、そういう人は、あなた

の肉を去りましても、その意識は消えるものではないのです。

だから、私たちはが潜在意識が完全に、神意識と一体となって、

神のみを記憶したとき、完全のみを記憶したとき、皆さん方の

言葉も完全な言葉となるわけです。

完全なる思いとなるわけです。

しかし、今、皆さん方は、日常生活で、何を意識して生きている

んだろうか?

3次元を意識しているのか?あるいは自分ごと、自己中心、私ごと

しか考えていないのだろうか?

意識していないのか?自分ごとしか考えが出来ない人間は、自分

のことしか知らないのです。

自分のことさえも知らないのです。

周囲の人がどうなっているのか分からない。周囲の人は意識しません

ので、自分さえ幸せで健康で金持ちであればいいと思っている小さな

意識なんです。

あるいは自分ごとより、少し大きいのは、家族のことを考えている。

自分のことも考えているが、家族のものが、幸せで健康であってほしい。

それは、また、少し大きい意識なんです。魂なんです。

自分の家族だけではなくて、隣人のことまで考える人がいる。

あるいは村民、国民、あるいは世界的、皆さん方は今、自分の意識が

大きいか、小さいかくらいは、自己判断できるはずです。

意識の高いか、低いか、高揚しているか、高揚していないか。

ほとんどの人が自己中心的で、自分のことしか考えない、小さな意識。

これが、あなたの潜在意識に記憶されていったとすると、あなたは

相当苦しまなくちゃならないんです。

その潜在意識の中には、利己主義であり、エゴであり、全部、自己

中心的である。自己顕示欲であり、そういうものをいっぱい詰め

こんでいるわけです。

記憶されているわけです。その記憶されているのは、あの世に

帰りましても、そういう記憶しか持っていませんので、平安である

完成された神界に入ることは出来ないのでございます。

だから、天界、天上界に入るカギというのは、皆さん方が持っている

わけです。

修行によって、この地上界に生まれ変わるたびに、皆さん方は除々に

成長してきまして、完成されていっているわけです。

過去生では、皆さん、慈悲深い人ではなかったかもしれないけど、

今生になりますと、何となく、慈悲深い、情け深い人間として

それだけ成長してきたのです。

だから、今、皆さん方は自己完成をすべきなんです。

自分の存在が何であり、本来は、この真の自分というものは、

完全無欠で、無病で、苦しんだことのないあなたなんです。

それをこの肉に、今生で、完全さを、自分の中に、愛そのもの、

それを皆さん方は、肉を通して、現すことが出来るんだろうか?

これは非常に大事な問題なんですよ。

これを通してのみしか、皆さん方の魂は高揚しない。

意識は拡大しない。それが高揚してきますと、皆さん方の視野が

広がりますね。視野の拡大。

で、そこまで、神我にいきますと、そこには、分離も差別も何も

ない。自他一体。一体観念。全一の生命。全一の意識。

神の意識そのものは、その大宇宙に遍満するのは、一つの生命であり、

一つの意識である。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真の自分について | 【2006-05-01(Mon) 08:54:21】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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