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■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

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無題1(12)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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我は愛なり、あなた方も愛なり。

我の愛、あなた方の愛は、神の愛と全く同一の愛であるがゆえに、

神という大海の中には、全く同じではないでしょうか。

誰が高い、誰が低い、誰が大きい、誰が小さい、それは分離、

差別と申します。

だからこそ今までの宗教が、分離、差別信仰で、世を狂わして

きたではないでしょうか。

しかし、これから来年からは、尚もこういう現象が起こるだろうと。

全世界の宗教が、宗教という壁を取り除いて、手を携えて歩み

進みいかねばなりません。

その国々がすべてその国境という城壁を取り除いて、手を携えて

いかねばなりません。

そこに本当の夜明けを迎えていくだろうと。

本当の素晴らしいユートピアが建設されていくだろうと。

そのために皆さんは、この幾転生も魂を磨き、今の時代に皆さん

自身が、自らの神としての能力を発揮せんがために、今生

皆さんが約束し、ここに集ったあなた方ではないでしょうか。

だから偽我という偽我に振りまわされて生きるあなた方に

なってはなりません。

皆さんは始めから真我です。

今も真我です。

未来永劫に真我です。

ただ我々はこの肉体を捕らえて、これが私だという偽我を、

偽我として錯覚してきたこと他にないんだと。

だから汝、既に神なり。

汝、既に仏なり。

徹底して、皆さん自身のその意識を、大海の中に融合し、大海

のすべての能力を今生こそ世のために人のために神のために、

示し生きれるあなた方であらんことを願います。

皆さんの肉体存在の目的は、悩んだり、苦しんだり、不調和で

生きるためではありません。

皆さんの肉体存在の目的は、真我を我として現し示すため。

神を我として現し示すために、皆さんの肉体存在の目的では

なかったでしょうか。

だから今の世の人間の何て肉体存在の目的を狂わして、対立、

闘争、それそのものが、末法化してきたではないでしょうか。

だから無知という分離感で生きる限りは、世はどんどん狂って

いくことほかにないんだと。

心伴わない物質文明は、世を滅ぼし兼ねぬといいます。

だからこそ、我々は、心清き者よ幸いなり。

心清き者は、常にいるところ、行く場所で、言葉、思い、表現

一つ一つから愛の波動を放ってすべてに幸をもたらすではない

でしょうか。

心貧しき者よ、災いなり。

この現象という世界に常にネガティブという波動を撒き散らして

いくことほかにないからであると。

だからこれからの汚れた、いやまた末法化したその波動を皆さん自身

が愛の波動ですべてを愛包み、溶かさせるために皆さんは、このように

努力をされているではないでしょうか。

皆さん自身の意識は、愛として皆さん自身が放つならば、必ずや

この現象の世界は調和させていくだろうと。

具現化していくことでしょう。


--------------------------------------------


今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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無題1 | 【2006-12-30(Sat) 16:10:01】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(11)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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このような状態でも、我は愛なり、我は神なりと語る中にも

バイブレーションはあがってまいります。

だから如何に言葉が波動なのか。

皆さん自身の思いが波動なのか。

それを皆さん自身が決しておろそかにしてはなりません。

我々の今までの苦しみは、それを知らなかった結果では

なかったでしょうか。

たかが言葉、私の思うこと、私の言葉、勝手ではないのか。

相手が不愉快な思いをしようが、悩もうが、苦しもうが、傷つこう

が、いいたい放題、思いたい放題、やりたい放題。

そこに真の我々は至福を見失ってきたことほかにありません。

そこに皆さん自身が、身口意を徹底して制御するとともに、日々の

生活の中に皆さん自身が、誰をも苦しめない、誰も不愉快な思いを

させない、誰も傷つけることもない、誰も苦しめることもない、

徹底して制御する中に、明想という手段を重ねてみてください。

とうとう皆さん自身が今、私自身の語るその意識状態を、必ずや

あなた方は実感するでしょうと。

なぜ?特別な人間はいないからであると。

特別というならば、今日の一日24時間をどこに意識を置いたのか。

で、何を得るために努力したのか。

その差はあっても、神は人の上に人を作らず。

神は人の下に人を作らず。

私は決して特別な存在ではありません。

私に神は決してあなた方以上の能力を授けたものではありません。

ただ私は我が内に、それを見出したこと他にないこと。

あなた方こそが、私以上の素晴らしいその宝物を掘り出して、

その宝物を皆さん世のために人のために、使い生きれるあなた方に

なってもらいたい。

イエス様も自分が特別だと一言とて我々に言葉に出して表現したことが

あったでしょうか。

肉体自らは無なり。

肉体自らはゼロなり。

肉体自らには一点の知恵も力も存在していないんだと。

しかし、我が中には、神が真我キリストとして、内在していることを

知り理解しているが故に、私には神の能力を全知全能として、

与えられているんだと。

天上天下を支配する力が与えられているものであると。

私が特別だから、私が特別に与えられた能力とは、一言も

説いておりません。

あなた方も我が内に真我キリスト、内在の神を認めさえすれば、

あなた方が私以上の御業を成していくだろうと。

そう説いたではないでしょうか。

しかし、今までのキリスト教はどうなのか。

イエス様は特別扱い、イエス様は神の一人子、あなた方は罪人。

罪を教えられ、罪を見せられ、罪だけを聞かされて、どうして

神の中に融合する事が出来ましょうか。

愛を生きてこそ、神という大海の中に融合が出来ることを知って

もらいたい。

愛通さずにして、神という大海の中に融合することはできません。

神が愛であるならば、作られしあなた方も、また分け御霊として、

生かされしあなた方も、即愛そのものであってもらいたい。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

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無題1 | 【2006-12-28(Thu) 22:46:47】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(10)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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絶対とは絶対実在です。

不死不滅永遠のものを絶対実在と言います。

だから絶対とは絶対愛であり、絶対神であり、絶対宇宙真理、神で

あることを知らねばなりません。

だから皆さん自身が絶対なる神に融合し皆さん自身が生きるために、

幾転生も幾転生も人生の旅を繰り返してきたことを知ってもらいたい。

何か知りたい、何か掴みたい、何か得たい、何か悟りたい、今まで

皆さん自身が追いかけてきたその何か何かを、もう一度皆さん自身が

今日、まあ今日帰られる方々は、それをもっと皆さん掘り下げて、

それを突き詰めて皆さんが意識されて見てください。

何か知りたい、何か掴みたい、何か得たい、何か悟りたい、その何か

というものは何だったんだろう。

皆さん自身の内に始めから内在していた過去において今において

未来永劫に内在する全知全能である神そのものを、それを皆さん自身が

我なりという境地に至るためではなかったでしょうか。

だから我は神なり、神は我なり、我と神とは常に一体なりという

境地に至らぬ限り、我々はこの現象という世界を決して卒業しいく

ことは出来ません。

解脱に至ることは出来ません。

悟りに至ることは出来ません。

そうあるためには皆さん自身が、今生こそ、無限という大海の中に、

錨下ろせるあなた方になってもらいたい。

で、皆さん自身の内なる真我なる境地に至ってもらいたい。

それは外、外、外という結果世界の中にあるならば、私は外を

求めよ、外を探せよと言うでしょう。

しかし、今、私はここに立っていながらも、皆さんの内なる真我を

永遠の輝きとして生命の美しさとして、今感じ見ていながらの

光話ではないでしょうか。

何て美しいことか。

何て素晴らしいことか。

すべては美しき天使たち。

無限に飛び立つ美しき天使たち。

これが実相という本質の世界から、しかしもっともっとバイブレーション

あげたならば、形としてのあなた方、それさえもこの目を超越して皆さん

を見ることは出来ない。

もう、全世界が光そのもの。

光一元の中に融合します。

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無題1 | 【2006-12-27(Wed) 21:05:56】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(9)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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常にそのように訴えさせられているではないでしょうか。

夢から覚めよと、幻覚から覚めよと、錯覚から覚めよと。

自らに目覚めよ、自らの心を開きなさいと。

小さな自分を捨てなさいと。

神の偉大なる光に目覚めよと。

もう皆さん自身が本当にあと一歩、歯を食いしばって努力さえ

すれば、無限の至福は今即あなた方の内にあることを皆さんは実感

するときが来るだろうと。

そのために皆さんは、幾転生も幾転生もこの肉体という衣装を纏い、

この現象の世界を旅しに来たではないでしょうか。

じゃあ我々の人生の旅の目的は何なのか。

決してこの現象という見えるものに、溺れ生きるためではなかった

ではないでしょうか。

無限という大海の中に皆さんは錨下ろすために、大海にしみる一粒の滴。

無限という大海の中に錨下ろすために、皆さん幾転生もこの現象の世界に

旅しに来たことを知ってもらいたい。

ただこの口に食物を投げ込んでおいしいかまずいか味わいに来た

のではない。

ただこの世の酒に溺れるためでもない。

この肉の快楽に我々は明け暮れるためでもない。

しっかりと己自身の本質がすべての本質が神であったことを実感し、

神を我として現し示して生きる目的ではなかったでしょうか。

だから肉体存在の目的は、真我顕現と皆さん訴えるではないでしょうか。

真我顕現とは、真の我を現し示す。

神を我として現し示す。

ほれ皆さんから放つ愛のエネルギーは、そこに絶対なるこの氷でも

皆さんから放つ愛の波動は、それさえも溶かすほどのことでしょうと。

もう焼け付くように私のその身内の中では、愛のバイブレーションが

想像も出来ぬ状態で今作動しております。

もうここに冷房を入れて欲しいと思うほど。

皆さん自身意識で、観自在、無碍自在、自由自在にこのエネルギーを

どこにでも使い活かせるあなた方であることが、全知全能なる真の

あなた方ではないでしょうか。

熱さを造るエネルギーも冷たさ、寒さを造るエネルギーも、何の

エネルギーもただ一つなるエネルギーが作り上げていることが理解

出来るならば、それをコントロールしているのは皆さん自身の

完全なる神の意識ではないでしょうか。

じゃあ、神の意識で成し得ぬこと、皆さん自身が出来ぬことが、

あるというならば、それは大きな過ち。

だから私は、絶対という言葉を使い誤って生きている人間の何て

多いことかと。

私の病気は絶対治らない。

私の悩み、苦しみは、今の試練、宿題は、絶対超えられない。

愚かなる愚者と申します、神を知らぬ。

神が完全であるが如く、我完全なりであるならば、絶対は、

絶対完全、絶対調和、絶対愛は、絶対です。

しかし、なぜ皆さん自身が絶対という言葉を使って病気が、

なぜいい医者にかかればいい薬にめぐり合えば、どうしてそのガンや

様々な病が癒えていきましょうか。

それは絶対ではないからではないでしょうか。


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無題1 | 【2006-12-26(Tue) 21:25:27】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(8)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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だからこそ皆さんは今生という今生、我こそはで皆さんが肉体という

衣装を纏ってここに約束で来たことを知ってもらいたい。

偶然に今生、この時代を見抜いて、肉体という衣装を纏った者がいる

と思いましょうか。

何十年間、何百年で成し遂げなかったことが、成し遂げれなかった

ことが、皆さん自身の努力次第では、本当にその統合の愛のエネルギー

に皆さんが沿って生きていくことが出来るならば、それは皆さん自身が

百年の十年にも、十年の一年にも、一年の一ヶ月にも、短縮できる

素晴らしい特権が与えられていることを知ってもらいたい。

もちろん、それは怠けながら出来るという意味ではありません。

心を尽くし、魂を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、

それなりに我々は歯を食いしばって拳を握り締めて、努力して

立ち向かっていかねばなりません。

今、世の中には努力する必要もないと教え説いているものも

いるではないでしょうか。

じゃあ、あなた方が明想というその手段を用いているのも、でまた

皆さん自身が、世の人間が遊び歩いている暇も惜しんで、ここに

高速道路を皆さんが使い、金もガソリン代も使い、ここに集い

来たのは、皆さん自身が少しでもこの世の中を良い方向に変わって

もらいたいと努力があればこそではないでしょうか。

まさか、努力せずにして、どうして一歩でも進みいくことが

出来るのかと。

それは座して神を拝むことなかれと訴えられているではない

でしょうか。

百メートル先にゴールを迎えて我々が一歩足を踏み出さずして、

座り込んでいて、誰が向こうまで連れていきましょうか。

ゴールがあなた方に近づいてきましょうか。

だから一人一人が心を尽くし、精神を尽くし、魂を尽くし、

力を尽くして、忍耐と意志と努力は使い生きねばなりません。

勇気を持って使い生きねばなりません。

この現象という見える世界がすべてだという人間からは、皆さんは

気違い扱いされた者もいるでしょう。

本当に笑われた方々もいるでしょう。

しかし、そのようなものに振りまわされて、無限という大海を

見ることが出来るでしょうか。

無限という大海の中への融合が出来るでしょうか。

だから皆さんは勇気を持ち、忍耐と意志と努力を皆さんは、絶やさずに

常に一瞬一瞬歩み生きてもらいたい。

そこに必ずや皆さん自身を無限という愛の光は、常に皆さんを待ち

わびてくれているではないでしょうか。

これを遊び疲れた者よ、我が元へ来なさいと。

我が元で無限という愛の光を受け、無限の至福という食卓に

あなた方を招き入れると。

神は常に皆さんの心の扉をノックしていること。

しかし、世の人間はあまりにもこの現象という見えるものに

振りまわされすぎて、決して神の声を聞こうとするものがいない。

だからこそ、神の声をこの伝導体である肉体を通して、北海道から

沖縄まで飛びまわって、眠っている者よ、起きよと。

錯覚、幻覚をしている者よ、覚めよと。


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無題1 | 【2006-12-25(Mon) 20:17:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(7)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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真実の世界は、実相世界は、仏国浄土は、今即あなた方の内にあり。

それは遠い遥か彼方にあるものではありません。

それは自灯明、法灯明、我が主とせよとも教えられてきたではない

でしょうか。

すべてのすべてあってあるものを超越するその能力は、あなた方の中に

内在しているんだと。

すべてを知る能力、すべてを理解出来る能力、すべてを見る能力は、

あなた方の内にありと。

だから皆さん自身が己を制御し、己を高めたときには、宇宙のすべてを

皆さんは自らのスクリーンに映し見ることが出来るだろうと。

こんなに便利なものが皆さんに与えられているではないでしょうか。

本当に実相という本質の世界に一人一人が融合し、この世界が今の

末法の世から愛の世界へと変わったとき、どういう現象が起こるのか。

一週間前にこういう体験をさせていただきました。

もう私自身が意識したその方々がちゃんと目の前に映し出された

スクリーンに顔、姿を映し見ながら、言葉で話し合っているでは

ありません。

もう意識そのもので語り合っている状態を一週間前に何回か体験

させてもらいました。

だから断言して私が言えることは、本当に実相という本質の世界が

この形の世界に現し示しえたときは、皆さんも携帯、パソコン、

すべてそういう機械ごとに頼る必要もなければ、もう必要とする

時代は過ぎていくだろうと。

なぜならば皆さん自身が、神の偉大なる能力を即あなた方がいつでも

自在に現し示して生きるからであると。

観自在、無碍自在、自由自在です。

それは皆さん自身が今は夢物語のように、今は皆さん自身が本当に

低き意識では、今私が説いていることは夢物語のように聞いていま

しょうけど、皆さん自身が腕を切ってもすぐはえらして来るだろうと。

指をちぎってもそこに即はえらしていく時を皆さんはいつか体験して

するだろうと。

なぜならば、神そのものの能力がこの地球上に満たされ生きるから

であると。

現に今、地震や台風や、この現象という結果世界を浄化するために

破壊するために、そのエネルギーが強烈に働きます。

皆さんが今まで何十年間かけて描いたそのビジョンが具現化するには

高速道路を造ったり、ビルやその建物を造るには何十年間という年月を

要しました。

しかし、地震で崩壊するのは何分何秒かかり何分何秒で崩壊したのか。

あっという間ではないでしょうか。

それも一つのエネルギー。

じゃあ、そのエネルギーそのものが皆さんの大愛という愛そのものに、

働かせるならば、どういうことが起こりましょうか。

皆さんが想像も出来ぬ状態が起こっていくだろうと。

これはいい形の中に、いい現象の中に映し見ていくことだろうと。

決して皆さん自身が来年のあの愛の統合のエネルギーに、逸れて

苦しむあなた方になってはなりません。

常に愛という統合のエネルギーに、だから我々がこの愛という統合の

エネルギーの時代は、今まで百年かけて悟り得たものは、十年に一年にも

短縮する、最高特権が与えられています。


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無題1 | 【2006-12-24(Sun) 21:30:26】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(6)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

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だから私は真理はあなた方自身の中に内在していることを知っている

が故に、多額な金で売り買いする必要がありましょうか。

明想も皆さん一人一人が、ただでいつでも使えることが明想では

ないでしょうか。

なぜ?あえて何十時間も、なぜ我々は今までは目を閉じて静かな

場所で座る必要があったのか。

どうしてもこの五感という肉の目を見開いている限りは、耳を皆さん

自身が使っている限りは、どうしてもこの世の雑念に振りまわされ

ます。

どうしても見るものの影響を受けます。

汝、見るもの、すべて受けつがん。

汝、聞くもの、すべて受けつがんと言われるように、そこで皆さんは、

真実実相という本質をすべてに感じ見れるために、五感の目を

閉ざして耳を閉ざして、内面へ内面へ皆さん自身が移行しいくために

皆さん、努力したのはその意味ではなかったでしょうか。

だから立っていながらも明想状態。

食事をするにも、友達と語り合う中にも、仕事をしていても、

駆け足をしていても、それ、すなわち明想状態。

皆さん自身が神という大愛の中に、融合している意識状態は、

これが本当の明想であるならば、じゃあ、明想は生活そのものが

明想であって、山や洞窟に何年もこもっていねば、明想にはなら

ない、神社、仏閣、お寺、教会、宮でなければ座らなければ、

明想が出来ないというのならば、それはとんでもない過ち。

とんでもないことではないでしょうか。

皆さん一人一人が今与えられている職場、今皆さん自身が置かれている

今の一瞬一瞬、この場がそこが明想の場。

だから皆さんがここで五感を閉ざして皆さん自身が放ったその愛の

エネルギー、皆さん自身が想像も出来ぬ強烈な愛の放射をしたこと

でしょう。

恐らく来年あたりからは、こういう本当の明想という明想の場を

増やし、本当にそういう我々の表現がなければ、厳しい状態で

この地球を乗り越えることが出来ぬことだろうと。

一瞬一瞬、まあもちろん皆さん自身が必ずしもここに集まれと

いう意味ではありません。

皆さん自身がどこにいても、何を皆さん自身が事為していても、

常に愛という愛を皆さん自身から放射できるあなた方。

これが本当の伝導明想。

本当の愛の伝導体ではないでしょうか。

人間意識、肉体意識、個人意識という偽我なる我が、どうして

どうして真実なるものを見ることが出来ましょうか。

だから真実を見よ、真実を語り生きるというならば、皆さんは

明想という手段を通して常に真実を実感しているあなた方で

あってもらいたい。



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無題1 | 【2006-12-23(Sat) 11:36:51】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(5)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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だから、私が日々その感情や五感やすべてを制御し、常に実相という

本質の中に融合しえたときには、もう目を向ける皆さん一人一人が

美しく輝いて輝いて白光放っている姿を見ます。

その時、我は光であり、あなたがたも光であったと。

だから、すべては美しき天使たち。

無限に飛び立つ美しき天使たち。

私の目には悪や闇やもちろん私はその悪の表現をせよという意味では

ありません。

チャンネル切り替えてこの現象の世界に意識を写せば、どこに

過ちがあるのかは見ぬきます。

しかし、チャンネル替えて実相という本質の中に融合した時は、

どんな条件の中にも愛という実相他に感じ見ることはできません。

何て素晴らしい世界がどこにあったのか、あなた方の内です。

我が内です。それを私は実相世界、今まで仏教が説いた仏国浄土

と言います。

キリスト教で説いた天国と申します。

だから仏国浄土は天国は、外という結果世界を探し求めても、

外から見出すことは出来なかった。

なぜ?始めから皆さんの内にあったが故。

で、それを私は本当のふるさとであり、これこそが真実の霊的な

ヒマラヤと申します。

形のヒマラヤではありません。

皆さん自身がいつか帰らなければならない真のふるさと実相世界、

そこを私は本当のヒマラヤと申します。

だからそれは私も7、8年前に、意識でヒマラヤを訪ねた時に、

あの当時、私も迷い、周りの人間から聞かされたことは、ヒマラヤに

肉体を移し、どうしても向こうで聖者から祝福を受け悟りを得るんだ

という観念、概念で私も作り描いたとき、実相という本質の世界に

融合した時に、我意識したところに我あり、我の思ったところに我

いるという境地から、さあヒマラヤが悟りの地と言われるし、私はまだ

この肉の目でヒマラヤを見たことはないし、肉体持って向こうに

行った事はないし、そこに行ってみたい、瞬間にそこに立っている

自分を体験します。

これは皆さんが意識で瞬間移動している状態。

大宇宙に遍満する宇宙真理、意識が我ならば、我意識したところに

我あり、我の思っているところに我いるというその境地から、

そこに立っている自分。

で、迎えてくれたその聖人は、こう言ったではないでしょうか。

あなたは非常に勘違いしている。

悟りを得た聖人は山に住まねばならぬ規則があると思うのかと。

あなた自身の内に真理と説いてヒマラヤではなかったでしょうか。

あなた自身の内に真理を求めた方が今生、手っ取り早く真理到達が

されていくだろうと。

それを私守って、徹底して明想という手段を通して努力した結果、

真の真理ヒマラヤは天国として仏国浄土として我が内にあった、

あなた方の内にあると。

だから言いきれることは真理を外に求むるなかれ。

真理は我が内にあり。

今だかって人手に渡ったことはないと。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

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無題1 | 【2006-12-19(Tue) 21:24:57】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(4)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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しかし、あなたが偽我で人間意識、肉体意識、個人意識である

限りは、どうして真実の我を見ることが出来るのかと。

だから皆さんも偽我と真我、仮相と実相、その識別をなしいく

ためには、どうしても皆さん自身が最終的には明想という手段を

通して、実相という本質の世界を見聞き出来るあなた方。

で、真我そのものの真我一体という境地を体験することほかに

ありません。

まさか、皆さん今、周りの人間に正しく生きよ、正しく思い、

正しく語り、正しく生活をし、正しく仕事をし、生きよと言う

ならば、皆さんは笑われるのが落ちでしょう。

なぜならば、偽我なるものに、どうしてそう言ったとて、正しい

ものの見方が出来ましょうか。

正しく見るとは真我一体となり、真我そのものから見れる愛、

感じ取れる愛、実感できる愛、これこそが真実を見るといいます。

真実を実感と言います。

だから実感とは実際に感ずること。

直感とは直接に感ずること。

だからいつも私、光話の中で、光話は真理は聞いてよかったでは

何の価値もないと言います。

本や書物から読んで素晴らしかった、何の価値もないと言います。

じゃあ、私、私自身、ここまで、自慢ではないけど、ここまで私自身、

この体験をするまで、どこかの先生について学んだのか、本や書物を

広げて読んできたのか、すべて手探りの中から、一つ一つ、私はクリア

してきたこと他にありません。

もちろん、私も憑依も受けて、包丁を探しまくって、やがて妻子を

殺すほどの体験もさせられました。

すべてを手探りで乗り越えて、ここにあるが故に、はっきり皆さん

自身に断言して明想とはどういうものか、実相世界とはどういう

ものか、示すことが出来るのはその意味ではないでしょうか。

世の中には感情に怒り狂っていながら、感情に燃えていながら、

一点の感情の制御も出来ずして、私は悟った、何て愚かなる悟りか。

感情も五感も制御出来ずして悟りならば、もうそのままにして皆

悟り人。

まあ、もちろん、本来は皆悟り人。

だから私自身が今の今の境地から本当に実相という本質の中に融合

しているその意識状態は、断言してこう言います。

我肉体にあらず、我五感にあらず、我心にあらず、我感情にあらず、

一番最終的な理性を超えます。

理性とは善悪を識別する能力。

それを理性と言います。

皆さん自身がこれはいいものか、悪いものか、これはやっていいものか、

やってはいけないものか、理性の判断と言います。

しかし我々は我は神なり、神は我なり、我と神とは常に一体なりという

境地に至ったときは、完全のみ実在というその意識状態は、もう識別

する必要がない、その時、我は真理なり、我は神なり、と断言して

言いきる時が皆さんも迎えるだろうと。

人間意識、肉体意識、個人意識で真実を見ることが出来ましょうか。

真実を語ることが出来ましょうか。

真実を実感することが出来ましょうか。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

↓↓↓

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無題1 | 【2006-12-17(Sun) 09:50:46】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(3)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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だから実相という本質の中には、結果の世界がどう移り変わろうが、

どう崩壊していこうが、それは振りまわされることもないでしょう。

しかし、じゃあ、私がそうあるから破壊を取っていいのか、今から

子や孫はどの星を通して自らの魂を成長させいくのか。

だから我々は出来る限り緑滴るこの地球を美しく留めおくように、

今皆さんはこのように愛の伝導体となって、寒い中も本当に沖縄から

遠い、皆さん自身ここに集まってくださったのはその意味ではない

でしょうか。

決して皆さんの偽我そのもので今日ここにお集まりになったものは

一人もいません。

すべて皆さん自身が実相という本質の世界で約束してきたことが

今、今日、この瞬間、このように具現化されていることを知って

もらいたい。

神という愛の法の中に、一点でも偶然があるというならば、神の法は

完全ではありません。

だから我々は一瞬一分一秒、まあ本来は時間も空間も壁も距離もすべて

を超越したあなた方であるならば、それは関係無いこと。

しかし、この形の世界を我々は表現しいくためには、どうしてもこの

ような時、月、時間というものを刻みます。

で、その一瞬一瞬を我々は常に正しい原因で、素晴らしい結果を

見れるあなた方になってもらいたい。

来年はもっと今年以上に統合の愛のエネルギーは強烈に働いていく

だろうと。

その時こそ、我々はしっかりと真我に根付いていれるあなた方に

なってもらいたい。

皆さんはよく本や書物も読まれたことでしょう。

あるいはまた今までついて学んだ先生方からも教わったでしょう。

偽我と真我の識別をしろと。

あるいは実相世界と仮相世界の識別をしろと。

じゃあ、なぜ出来なかったのか。

ここまで学んでそれは皆さん自身が明想という手段を通して、実相

という本質の世界に融合し、自らが真我であることを理解出来ぬ

限りは、どうしてその識別を持つことが出来ましょうか。

なぜならば、偽我にどんなに愛を見ようといったって、偽我が

見ているのはせいぜい仮相しか見ることは出来ません。

だから私の明想に何十名か現れてきたその聖人は、名前を聞いても

一人とて明かしたものはいないというではないでしょうか。

だから皆さん自身の明想中に現れたその聖者が、あるいはまた皆さん

自身が肉体を持った聖者にお会いし、私は何々の神であるとか、

かつて私はイエスであったとか、仏陀であったというのならば、

それは非常に皆さん要注意。

一人とて私に名前を明かしたものはおりません。

同じようにどう私に答えたのか。

あなたの思っているとおりの私ですと。

あなた自身が真我から物を見ることが出来るならば、愛として

神として真実なる我を見ていることでしょう。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。


多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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無題1 | 【2006-12-15(Fri) 23:03:10】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(2)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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今まで我々は、実相という本質の世界に融合しいくために、非常に

明想という手段を通して努力したこと。

しかし、今は、私、全く逆を実感しています。

出来る限りこの肉体に意識を留めおかなければ、この現象の世界の

仕事が出来ない。

だから、あれ以降、今日まで家内が、お父さんおまえ生きている

のか。よーくこう言われました。

この肉体、この現象という世界にあってないような感覚。

常に実相という本質の世界の中に、とどまっている状態を今体験

しています。

まあ、もちろんそれは私自身のまだ完璧に調和されていない、この

霊肉一体というその調和されていない結果と私は申します。

まだ未熟なるが故に完璧にその宇宙真理という本質が、この伝導体

を通して自在に示しいくまでは、我々は肉体の変容、あるいはまた

意識の変性、徹底して我らはそれを訓練して、とうとうその根源の

中に融合していくだろうと。

しかし、私もまだ未熟なるが故に、この意識状態は常に実相という

本質の世界に留まって、まだ肉体そのものが妙な感覚を今感じて

います。

自分でもこの現象の世界に生きているのか、本当に実相という本質

の世界の中に融合しきったり、妙な感覚を今、この1ヶ月体験させて

頂いています。

皆さん一人一人が宇宙真理という本質の中に融合し、早く皆さん自身が

愛の伝導体として、この世の中を変性、変容を遂げさせるほどの愛の

パワーを持ってもらいたい。

で、それは皆さん自身が、今日、ここにお集まりになったことも、

決して自我からではありません。

少しでもこの世の中を先ほど○○さんが言われたように、末法の今の

世を少しでもバイブレーションをあげ、少しでもいい方向に変えて

いきたい。

しかし、私にとっては、実相という本質の世界に留まっている私から

は、本来、この現象という結果の世界は、影にして幻、無常なるもの。

どういう状態が現れていても、私の本質を揺さぶることは出来ぬことを

私は知っています。

しかし、我々はそうあるために、この現象の世界が与えられているでは

ありません。

出来る限り、天というこの実相世界が、この結果という形の世界に、

美しく映し出してほしいと、そのために我々はこの地球という環境

を今生かされていることを知ってもらいたい。

実相という本質の中には、この現象の世界がどう変わっていこうが

関係もない。

何もそれに振りまわされることもない。

例え、この地球が崩れ去っていく中にも、私を揺さぶれる者は

いない。

かといって、私はここが崩壊してほしいと望んでいるでは

ありません。

私もこの地球というこの環境に幾転生という輪廻を通して学び

をさせていただきました。

いろんなことを体験し、計りしれないことを経験し、この宇宙真理と

いう本質の中に融合しいくまで、学びをさせてくれたこの愛という

その星に、私は非常に心から感謝しています。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。




無題1 | 【2006-12-13(Wed) 20:47:50】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題1(1)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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皆さん、こんばんわ。

まあ、一番今、世に大切な愛の伝導体となって皆さんが放った愛に

心から感謝致します。

まさに皆さんが今放った愛そのもの。

それが全世界へ夜明けを迎えさせる引き金となっていくだろうと。

で、今日、私、朝受けたメッセージが来年はこれ以上にもっと

厳しい愛のエネルギーが注がれていくだろうと。

統合のエネルギーとして。

で、それに皆さんが乗っていけるあなた方であるためには、皆さんが

愛であらねばならぬと。

だから沖縄からここまで今まで皆さん自身が共に学んできたことは、

その愛の波動に乗っていけるあなた方であるように訓練を受けて

きたんだと、私、今日の朝の明想で言われました。

だからなおも分離、区切り、差別で私だけというその我なるものは、

すべて焼き尽くされていくだろうと。

もう今年も残されたあと何週間何日、徹底して皆さんがその中に

愛を皆さん自身が放てるあなた方になってもらいたい。

これこそが真の愛の伝導体と皆さん自身が放っている姿ではない

でしょうか。

そうあるためには皆さん自身が一瞬一瞬、常に大愛の中に融合した

あなた方。

大愛の中に融合せずにして愛の波動を放ち得たものは一人もいない。

まさか偽我で皆さんに愛を見よ、愛を感じ愛を生きよと言ったって、

誰が出来たでしょうか。

だからこそ明想という手段を通して、自らの本質が神として無限の

愛である実感は常に皆さん自身が融合していかねばならぬこと。

明想という手段は、金も要らずに皆さんにいつでも使いいかせる

ように、皆さんの周りにいつでも置いて下さっているではないで

しょうか。

もちろん、瞑想を多額な金で売り買いしようとしるグループも

います。

瞑想を教えてさあ何百万、何十万、何の瞑想かと。

果たして明想は多額な金で買うもののが明想なのか。

皆さん自身が今の一瞬一瞬、我は愛なり、すべては愛なり、愛という

意識から放つその愛のバイブレーション、愛のエネルギーを放射して

いるならば、それこそ本当の伝導体、愛の明想の姿ではないでしょうか。

だから私は常にこう言います。

明想はあえて何時間、何十時間も目を閉じて座っていることが明想

ではないんだと。

皆さんが真の明想を実感して、その中に融合したときは、生活その

ものが明想。

なぜならば、その者は、駆け足をするにも、友達と語り合う中にも、

食事をするにも、仕事を為すにも、すべて愛という愛の中に、すべて

事為しているからであると。

これは私ごとで、ちょうど先月、このクラインガルデンの響愛を

前にして、私、強烈な光の中に融合しました。二回ほど続けて。

で、まあ先月は本当にかすれた声で声も出ない状態で、皆さんに

迷惑を掛けたことを非常に心からお詫びします。

で、その状態で、今、私自身の肉体に変性、変容が起こって、

この肉体そのもの、本当にこの現象の世界に置いているのかと。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。




無題1 | 【2006-12-12(Tue) 20:28:52】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
「愛の伝燃」を開設致しました
2006年度もあと残すところ、3週間となりました。

このブログは今年の1月から始め、あっという間にそろそろ1年を

迎えようとしています。

開設当初は始めたからには、必ず1年は続けようという思いがありました。

しかし皆様の優しいコメント、お言葉などがあったからこそ、

それを励みにここまで頑張ってくることが出来ました。(感謝)

さて私たちは師の元、学びをさせてもらっていますが、一人一人に

与えられた一日二十四時間、どれだけ、肉体、人間、個人という意識

ではなく、普遍意識を顕現出来ているか。

先生は明想中、蓮の花から顔を出したと思ったら、すぐにまた

引っ込めるあなた方を見せられていると語られました。

その逆に先生は、常に二十四時間、寝ても覚めても普遍意識、

実相の世界に留まっており、逆に肉体を意識しなければ、この世の

仕事さえも出来ないほどの意識状態を体験されております。

私は先生に追いつくどころか、ますます努力不足を痛感させられ、

より一層気を引き締める必要を感じさせられました。

また、この調和(バランス)を崩してしまった地球は瀬戸際に

追いこまれている状態であること、そしてこの状態を立てなおすには、

我々一人一人が、そして多くの人々が、愛に目覚め、神なる我を

表現すること以外にないことを今まで以上に感じさせられました。

そして出来るだけ多くの皆様に、この愛のメッセージをお伝えしたい

という思いが強くなりました。

そこで、先生のご許可を頂き、文字だけでは伝わりにくい部分が

あったりすることもあり、高き波動を直接感じ取ってもらい、

より多くの人のハートに訴えかけるものがあればと思い、実際の光話を

お伝えしたく、兄弟ブログである「愛の伝燃」を立ち上げさせて

頂くことと致しました。

「愛の伝燃」では、光話を中心としたブログ構成(音声中心)とさせてもらい、

週1度程度の更新を目指し、皆様にお伝えしていこうと思いますので、

是非当ブログ「神我・真我への道」ともども、今後もご愛顧いただければと

思いますので、よろしくお願い致します。

是非、実際の光話をより多くの人に聞いていただければと思います。


未分類 | 【2006-12-11(Mon) 19:35:28】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真我は能動、偽我は受動(完)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

講話をそのまま掲載させてもらいます。


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皆さんが今日明想という手段を通して、この宇宙真理という真我の

中に命の中に融合してみてください。

我が命、花々の中に生きています。

我が命、蟻一匹の中に生きてます。

我が命、万物を支配しています。

じゃあ、我の意識したところに我在り。

我が思ったところに我いる。

と我々は断言して言い切れるではないでしょうか。

共に我々は無限という大海の中に目覚め、無限というその能力を

世のために人のために知恵として力として愛として光として、

尽くし生きる一人一人であらんことを願います。

本当に来月の、まあ皆さんが今日の瞬間でも我は神なりという

ならば、キリストの目覚め。

で、来月はまた多くの方々と共にイエス様のキリスト誕生のみでは

なく、神が肉の中にあって、キリスト真我という理解力を持って、

今日から皆さん自身がこの肉の中に神があって、真我キリストなんだ

というそれを徹底して明想しながら、その時には皆さん自身がこの

来月のクリスマスセミナーでは、我はキリストなり、我は神なりと

一人一人が宣言して言えるこのクリスマスセミナーにしていきたいと

思います。

本当に皆さん一人一人がこの二十何年間ではもう一段一歩一歩、

現にキリスト真我に近づき生きているあなた方が感じ取れるでは

ないでしょうか。

あと一歩、歯を食いしばって拳を握り締めて、そのものであるという

実感を皆さんが得るまで、忍耐強く、あるいは意志と忍耐と努力を

絶やすことなく、そのものであるという自覚を持ってもらいたい。

共に助け合い、手を取り合って、来月のその宇宙真理という本質の中に

一人一人が融合し真我キリストを迎えられるその最高のセミナーにして

いきたいと思います。

今日も皆さんと共に朝に晩にまた明想を通して分かち合えた事を

心から感謝いたします。

どうもありがとうございました。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真我は能動、偽我は受動 | 【2006-12-05(Tue) 20:31:13】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真我は能動、偽我は受動(12)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

講話をそのまま掲載させてもらいます。


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だから神の中においては万物が全く同じ能力を与えられたものでは

ないでしょうか。

しかし、使いいきれるのは動物や鉱物や植物は創造の力は表現する

ことはできません。

与えられたその能力以外に、ここに示すことはできません。

動物は本性として、鉱物は親和力として、花々や木々としては本質

として、万物の霊長たる我々には創造の力を使えます。

すべてのすべての能力を自在に使いいきることが出来ること。

だからこそ万物の霊長といわれます。

万物の霊長であるならば、何からエネルギーを奪えではありません。

与えて与えて与えつくす一人一人。

いと小さき万物の低長といわれた動物、鉱物、植物が進化さえも

手伝っていけるほどの愛のパワーをもってもらいたい。

現に皆さん一人一人は本質の中においては、無限の愛そのものの

持ち主ではないでしょうか。

だから今日も愛にて目覚め、愛で事を成し、愛で今日の一日を終えて

いけるあなた方。

愛を得ようとするものは愛を失い、愛を放つものは愛を得ると。

命を得ようとするものは命を失い、命を放つものは命を得ると。

持てる者さらに多く与えられ、持てぬ者は持っているものさえも

奪われると。

そのような我々は決して不自由として生きる、貧乏人として生きる、

この乞食であってはなりません。

乞食は乞食以上の分け前を与えられた乞食は一人もおりません。

乞食ではなく、神我として皆さん自身が姿勢を正して、常に皆さんは

与えて与えて与え尽くすあなた方になってもらいたい。

得ようとするものは奪われます。

決して皆さんは得たいという乞食で生きるあなた方ではなく、自らして

自らの不調和を作り上げて、苦しみ生きるあなた方になってはなり

ません。

愛として完全です。

皆さんの実体なる愛は今の一瞬一瞬無限としてあなた方の中に、

今注がれていることを知ってもらいたい。

じゃあ、誰彼には高き愛、誰彼には低き愛、全くその差別なく、

平等に与えられたすべての能力ではないでしょうか。

だから、我が愛ならばあなた方も愛なり。

我が神ならばあなた方も神なり。

しかし、今までのこの霊的な指導者はどうなのか。

私は高き者、あなた方は低き者。

私は神であって、あなた方はどんなにもがいても神にはなれぬと

現にその指導者はそのように説いている人間さえもいるではない

でしょうか。

どこに一体感がありましょうか。

だからキリストの名を語りながら分離を説く教祖に要注意と

申します。

我が全体であるならば、全体そのものが我であること。

我は全体であり、全体は我なり。

我はすべてであり、すべては我なり。

一体の中には一物、一点分離なるものはおりません。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真我は能動、偽我は受動 | 【2006-12-04(Mon) 21:01:21】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真我は能動、偽我は受動(11)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

講話をそのまま掲載させてもらいます。


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すべては一つなり、一つはすべてであることを知ったとき我々は、

一命一体を通して、この世界に本当に美しいユートピア世界を

建設することが出来るだろうと。

だから皆さん一人一人が愛の伝導体となり、無限の愛の波動を

放射したときに、今までこの地球を覆ったそのネガティブな波動は、

すべてあなた方の光によってすべて解け去っていくだろうと。

だからこそ皆さん自身が光来れば闇去ると。

真実が来れば非真実は消えると。

本物が来れば偽物は消えると。

だから皆さんは偽我でもって偽我を消そうでは、偽我を打ち消すことは

出来ぬと。

偽我でもって偽我を消すことが出来るのかと。

我は真理なり。真理を我として理解力を持ったとき、偽我は自ずと

消え去っていく。

1+1という誤った答えは、1+1=2という正しい答えが来れば、

すべては消せるではないでしょうか。

だから皆さん、我は血や肉、姿、形でもない、我人間、肉体、個人

でもない、我は命なり。

一人一人が霊の道。霊道。

真の神の道を神道。愛の道を愛道。として歩み生きてもらいたい。

本来は神の道一つしかありません。

ただ我々が見える現象世界を全てだという現象世界の道を歩んで

いること他にありません。

また幽界を見つめて幽界の道を歩む人間。

我々が必要とするものは、我々が歩むべき道は、霊の道であることを

知ってもらいたい。

霊の道、霊道と申します。

我は神なり、すべては神なり、これが真実、本当の道ではないで

しょうか。

人間の道なんてありません。

幽界の道なんてありえません。

だから皆さんはどの道を求めているのか。

で、皆さん自身が求めている通りの道が与えられているではない

でしょうか。

この現象という結果の世界が全てだという者は、もう朝に昼に晩に

現象という結果に振りまわされて、これが全てだという錯覚で

生きている者。

これは現象というこの結果世界を歩んでいる道と申します。

歩む者と申します。

あるいはまたあの低級霊媒と言われたユタのように、常に幽界、

幽界、幽界というそのような道を歩んでいる者。

我々が歩まねばならぬものは、常に愛として神として霊の道で

あること。

霊は水子の霊、地縛霊、祟りの霊、悪霊、迷った霊ではありません。

霊は知恵です。霊は力です。霊は愛であり、光そのもの。

これが真実の霊道の皆さんが歩む道ではないでしょうか。

それを皆さん自身が明想という手段を通して、私は肉体でもない、

幽体でもない、我は霊的な者であるという皆さんは霊的な自らに

目覚めて、無限の富を皆さんは所有したあなたがたになってもらいたい。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真我は能動、偽我は受動 | 【2006-12-02(Sat) 18:07:35】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真我は能動、偽我は受動(10)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

講話をそのまま掲載させてもらいます。


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イエス様もそれは説いたではないでしょうか。

私だけが神の一人子ではないんだと。

動物も鉱物も植物も人間六十何億、すべてが神の中には、すべてが

神の一人子と言ったではないでしょうか。

ただ神から分離しているのか。

神との一体感を実感して生きているのか。

その差はあっても、誰しも平等で神の一人子である事実は、

誰がも崩せぬと言ったではないでしょうか。

だからその神の一人子である自分を認めて、すべてがそうで

あることを実感して、そうあることがキリストの誕生ではない

でしょうか。

だから十二月のキリストの誕生は皆さん一人一人の誕生を迎えて

もらいたい。

神が肉の中にあって、真我キリストであることを知るならば、六十何億

一人一人がキリストそのものと言えるではないでしょうか。

イエス様のみがキリスト、御釈迦様のみが仏陀というのならば、

それは大きな過ちを犯していること。

で、それをキリスト教が仏教が誤った説き方をしているが故に、

世の中を混乱していること。

東洋ではこの神そのものが肉の中にあって仏陀と言います。

真我、仏陀。

で、西洋においては、神が肉の中にあって真我、キリストと。

表現を用いていること他に何も変わりません。

だから神は真我、キリスト。

神は宇宙真理、神は皆さん一人一人の中にあって、仏とかそのような

表現をしていること他にありません。

だから一なる神はこの大宇宙に遍満する唯一の宇宙生命、真理

そのものと申します。

神は形作った中に自らの命を留めて生かしているが故に、すべてのすべて

あってあるものは神の化身と言うではないでしょうか。

で、すべては神の御姿を持った仮の姿と言えるではないでしょうか。

動物も鉱物も植物も人間六十何億、すべては神の仮の姿。

しかし、本質はどうなのか。

本質は即神との一体。

神との一つ。

大海にしみる一粒の滴。

一粒で皆さん自身が錯覚してはなりません。

一粒一滴なる我、あなた方はその大海なる本質は、即一体。

よく私こう言います。

皆さんが大海という海から、いろんな器を持って皆さん自身が容器

を持って海水を汲み取ってきたと。

一人一人の器は違います。色も形も大きさも。

しかし、汲み取ってきた海水が、あなた方の本質と大海の本質が

違いましょうか。

私が汲み取ってきたその海水とあなた方が汲み取ってきたその海水、

本質が違うことはないことを理解できるではないでしょうか。

だからすべてはこの大海の中においては宇宙の中においては

すべては一つなり。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真我は能動、偽我は受動 | 【2006-12-01(Fri) 21:00:43】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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