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■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

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美しい心(3)

多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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1ヶ月前か、私の夜中の明想中です。

あなた方は真我というその天船を差し向けているにもかかわらず、

なぜ天船に乗ろうとしないのかと。

常に肉体という肉体船に支配されて、この肉体船が私だという

錯覚で、なぜ偽我そのものに振り回されて悩み、苦しみの

一転生を終えていくのかと。

天船に乗りさえすれば、今即皆さんは無限という至福に、その岸辺に

私はあなた方を案内することが出来るではないのかと、神はそのように

訴えます。

今、私が明想するたびに、どういう思いが自分自身の意識からこみ

あげてくるのかと。

天船に乗りし我。

二度と再びこの世の波に呑まれることはないと。

じゃあ、もういつでも喜び、いつでも微笑み、いつでも至福を味わい

生きるという意味ではないでしょうか。

我、この世の影、幻、幻影という仮相世界を超越したものであると。

だから私にとっては悩み、苦しみ、不調和、病、過去のものにしか

過ぎぬと。

ここに天船に乗るまでのあるいはまた無限という至福に到達するまでの

単なる方便にしか過ぎなかったことを知るが故に、もう遠い遙か過去

の存在。

だから私にとっては一分一秒過ぎ去れば、それは過去の過ぎ去った思い出

にしか過ぎぬではないのかと。

まだこの未来は希望にしか過ぎぬではないのかと。

だから我々が一番大事なことは、実在というこの瞬間を皆さんが生きる

ことです。

皆さんがこの瞬間というこの実在を知ることが出来るならば、無限と

して愛であり、無限として知恵であり、無限として力であり完全そのもの

であることを知るでしょう。

なぜならば、この一瞬という実在こそがこれが普遍的な無限としての

あなた方、これこそが全てであるからと。

皆さん、過去の時間を使えましょうか。

未来の時間を使えた者がいたでしょうか。

我々が使い生きることが出来るのは、この一瞬という実在でしかない

ことを知って貰いたい。

この実在というこの瞬間こそが無限です。

完全であり、愛であり、神こそと言えて皆さん自身が、理解して

もらいたい。

皆さん明想される時に、過去を見つめて明想しましょうか。

未来を見つめて明想しましょうか。

今のこの一瞬という実在を見つめてるではないでしょうか。

なるが故に、皆さんは汝、既に神なり。

汝、既に仏なり。

今から滝行、断食、難行苦行ではありません。

難行苦行悟りにあらず。

滝行しようがするまいが、断食しようがするまいが、皆さん自身の

本質である宇宙真理は今実在として、永遠に変わることはありません。

だから今の一瞬に生きよと。

今の一瞬を皆さんが美しく正しく生きることが出来るならば、誰もが

至福の中に満ちていくだろうと。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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美しい心 | 【2007-03-31(Sat) 00:19:54】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
美しい心(2)

多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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皆さんは精神的な悩み、苦しみ、肉体的な病いを含めて、不調和と

言います。

不調和で皆さん、苦しみ生きる必要があるでしょうか。

それは宇宙法則という愛からずれた結果、神から分離した結果が

不調和をきたした他ない。

で、そのように幾転生という人生の過程を通して、真の自分に

目覚めよと。

色々な方法で目覚めのチャンスを与えたと。

皆さんの悩み、苦しみ、病気とて、それは大きなチャンスではない

でしょうか。

なぜなんだろう、偶然に病気が存在しているではありません。

偶然に悩み、苦しみが皆さんに与えられているものではありません。

それを通して、真の自分が何たるかに目覚めてもらいたい。

自分とは一体全体何者なんだろう。

なぜ、このように苦しまねばならぬのか。

なぜ、悩み、苦しみ、不調和に支配されていかねばならぬのか。

それをただきっかけとして皆さん自身が、無限という大海の中に

錨おろせるまで、それは続いていくだろうと。

で、私がそのようにまさか、癒してあげることが愛であって、何を

癒すなと言うのかと。

ならば、その守護霊は私に、この者の一転生という人生を見せて

くれたこと。

まだ、その意味分からぬのかと、まだ知らぬのかと。

その者はこの病を通して本来は自らを追求して、真の自分が神である

ことに目覚めるチャンスは与えたにしかすぎぬと。

しかしその者にはどんな方法をもってしても今生は、光一つも見えない。

例えば、その一転生という人生を見た時に、放つ言葉全部破壊、

もう皆さん自身が想像も出来ぬほどの破壊的な言葉、馬鹿かきちがいか、

死ねなど、思いもその通り、表現は酒を飲んできて奥さんや子供達を

殴ったり蹴ったり、浮気はするわ、博打はするわで、光一つも見えない。

じゃあ今、四十才でこの肉体去ってくれれば、来世に肉体を持つときに

四十才までのその罪は、まだ修正もしやすいではないのかと。

しかしあなたがその病を癒して、プラス四十才生かして八十才、とうとう

そのカルマに押しつぶされて、容易にカルマを刈り取りづらくなるでは

ないのかと。

その位も分からぬのかと言われたときに、その時から私のヒーリングは、

決してただ肉体、病を癒すことがヒーリングではないんだと。

本当に皆さん自身の目覚めのために、魂を揺さぶることが出来ぬ限りは、

本当のヒーリングはないということにあのときに私気付きました。

皆さんも真我という天の船、天船に乗りさえすれば、今即無限という

至福の中に錨おろすことが出来るではないでしょうか。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

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美しい心 | 【2007-03-29(Thu) 23:16:39】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
美しい心(1)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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我々が神聖火花を灯して本当に世界を変えていきたいならば、一人一人が

責任を持って自らの心を磨いて貰いたい。

皆さん、神から与えられた心が初めから汚れ、初めから曇ったと

言いましょうか。

それは幾転生という人生の過程を通して旅することにおいて、皆さんが

自ら諸々のものへの執着、恨み、ねたみ、そしり、怒り、嫉妬、裁き、

それで自らを汚してきたことを知って貰いたい。

じゃあ、誰彼に私の心を磨いて欲しいと言うのかと。

誰が皆さんの心を磨かなければならぬのか。

責任持って自ら磨いていってもらいたい。

だから今日の一日24時間は、人を恨んだり、ねたんだり、そしったり、

怒ったり、嫉妬をするための今日の一日ではありません。

曇りなき心にすべてを美しいものを写し見るためではないでしょうか。

曇りなき心に美しい姿。

心清き者よ、幸いなり。

その者は、行く場所、おる場所で、常に世に幸いをもたらすことが

出来るだろうと。

しかし、心貧しき者よ災いなり。

朝に昼に晩に、もう語る言葉、病気、ネガティブ、破壊的な事、

何て幸いなる者かと言えましょうか、災いなりと。

だから、私がこれは沖縄での体験。

今まで私自身が何十何年間は、病んでいる肉体を病んでいる人間を

癒してあげるのが最大の愛と勘違いしていた当時、もう触ればどんな

病気でも癒えます。

今日に明日にも駄目と言われたガンでも癒えていきます。

なぜならば、神の力をその肉体癒しに注いでいた当時、もう百メートル、

二百メートル離れたところから、指一本向けさえすれば、どんな

ガンでも癒えたし、医者から原因不明と言われた病もすべて癒えました。

ある時、それはある方の守護霊に私、気付かさせられました。

今から二十五、六年前か、あの当時、四十前後の男性の方が、ガンを

癒して欲しいと私の事務所を訪ねて参りました。

で、私はそれを癒すことが最大の愛だと、最高の愛だと錯覚して

いますから、即癒してあげようかと後ろに立ったところ、その方の

守護霊が私はこの者を守護するものであると。

この者癒してはいけないと。

何を言うのかと、相手の病んでいることを助けてあげることが愛

ではないのかと。

あー、これはこの者の守護霊と言うが、私を振り回すために悪霊が

来たんだと私は錯覚しました。

何を言うのかと、反発さえしました。

病んでいる者を助けてあげることが、苦しんでいるものを癒して

あげることが、これが愛ではないのかと。

まだ、その意味分からぬのかと。

幾転生という人生の過程を通して、真の自分に目覚めてもらいたいと、

皆さんが真の自分に目覚め見てみてください、宇宙真理として。

宇宙法則は絶対愛です。

絶対神です。

宇宙法則は絶対完全です。

じゃあ皆さんが我は真理なり、我この大宇宙に遍満する宇宙法則

そのものと皆さんが理解してみて下さい。

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美しい心 | 【2007-03-29(Thu) 00:14:31】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(完)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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皆さん自身の魂は決して様々なものに縛られることを望んでいる

ではありません。

無限という大海の中にあの小鳥が鳥かごから解き放たれて、無限と

いうその大海に自由に大空を飛び立っていくように、皆さんもこの

肉体という乗り船に縛られるために存在の目的ではありません。

見えるこの結果という仮相に振りまわされ縛られるために、皆さん

の魂の存在ではありません。

無限という大海の中に観自在、無碍自在、自由自在を得るがために

皆さんの魂は叫んでいるではないでしょうか。

だからある宗教に思想家に食物にされてはなりません。

大いなるその宇宙真理と皆さん融合せんがために、幾転生も幾転生も

旅を積み重ねてきたではないでしょうか。

何か知りたい、何か掴みたい、何か得たい、何か何かで追い求めてきた

その何かが、無限という大海の中に皆さんは自らを解き放つことでは

なかったでしょうか。

そのためには皆さん自身の意識は常に無限というその神を皆さん自身が

意識し、常に神に酔いしれていてもらいたい。

我は無限なり、無限として皆さん自身が今、存在であって、ただ肉的

な我を我として錯覚しているがゆえに、縛り、束縛し、いと小さき

自分を感じてきたこと他にないんだと。

皆さんの本質は完全です。

皆さんの本質は愛です。

だから皆さんはなぜ神は無限なのか、なぜ神は一元なのか、

まさかそこに善悪があるのならば、神は一元とは言いません。

なぜ、一元なのか。

神の目はすべてのすべて、あってあるものに、完全のみを一元として

見つめているが故に、無限であり、完全であり、愛として実在であると

言えるではないでしょうか。

神他に何も見えてはなりません。

神他に何も感ずるあなた方であってはなりません。

神こそがこの大宇宙に遍満する唯一の一元者であることを知ったときに、

じゃあそれは皆さんであるという意味ではないでしょうか。

なぜ、一元の中に一元他にないところに、私他に誰かがいる、私他に

何かがある、それは一元には当てはまらないではないでしょうか。

神は一元であり、神は無限であり、なぜ、神は無限として大愛

完全そのものであるのか、一元者であるからではないでしょうか。

善悪は人間の心、神の心は常にすべてに一元という絶対実在を

見ていること他にありません。

皆さん、今日、変性変生であるならば、今日の皆さん自身の見方は

すべてに愛他に何も見る事はできぬだろうと。

愛他に何も感ずることは出来ぬだろうと。

すべてを許し、すべてを愛し生きる真実のあなた方であらんことを

願います。

共に手を取り合い、共に愛を分かち合い、全世界が平和であることを

願う存在ではないでしょうか。

ここに私だけの存在ではありません。

私であるあなた方、常に一体としてそこにあることを知り、我は全体

であり、全体は我なり。

我は全てであり、全ては我なり。

その境地に至って我々は今、荒れ狂うこの現象世界を少しでも調和させ、

一段でも一歩でも本当に素晴らしい世界に、共に我々はその建設のために

愛生きていきたいと思います。

本当に、昨日、今日と皆さんと共に学び、明想が出来たこと、愛の

化身であるあなた方に常に神からの祝福があらんことを願います。

共に無限という大海からなる愛を受け入れて、常に一瞬一分一秒が

明想状態であることを願います。

皆さんと共に一段一歩一歩、常に進み行けること、心から感謝します。

本当に2日のセミナーを通して、皆さんと分かち合えたことに心から

感謝いたします。

どうもありがとうございました。



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愛守心 | 【2007-03-23(Fri) 21:47:24】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(14)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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今日からは何をさておいても常に美しい言葉、美しい想い、美しい

この表現で生きれるように、愛そのもので生きれるように、徹底して

自分自身の心を磨いてみよと。

今までは個人毎、個人毎しか思えなかったものが、もう世界の平和を

思えるところまで自分を変えたと言います。

で、自分自身のものしか見えなかったものが、全体的なものが見える

ようになったと言われます。

だから我々は、誰を変えようでもありません。

今の今、自らを変えることにおいて、全世界が変わることを知らねば

なりません。

皆さん、その意味がわかりましょうか。

自らを変えることにおいて全世界が変わるという意味を知りましょうか。

例えば私自身が今、偽我という人間意識、肉体意識、個人意識という

その角度からあなた方を見るならば、女性として男性として肉的な

あなた方しか見ることは出来ぬと。

しかしここに立っていながら、我、血や肉、姿、形でもない、人間、

肉体、個人でもない、我は霊なり、我は生命なり、我は真理なりという

その意識状態の中に、融合してみてください。

皆さん一人一人が美しき真実の愛としてのあなた方、宇宙真理として

輝きのあなた方を見るならば、ほれ自分を変えることにおいて、

皆さんが変わり、全世界が変わっていることをそこに実感が出来るでは

ないでしょうか。

もちろん、形の上でも変わっていくだろうと。

一人一人がそういう見方で、すべてに愛を与え、すべてに愛そのもので、

皆さんが自覚して生きれるならば、それは全体が変わっていくだろうと。

今の世の中、この一箇所で自殺で起これば連鎖反応で自殺、自殺という

同じような状態が続くと言います。

で、またいじめがあれば、また全国に広がっていき、皆さんはそれを

連鎖反応と言います。

じゃあ、悪いものでもこのように猛スピードで連鎖反応で広がるならば、

皆さん一人一人の愛の波動も言いかえれば、猛スピードで広がりいくという

意味ではないでしょうか。

そのために皆さんは、いつでもこういうセミナーに、金を費やして

時間を費やして、ここに集ってくださってることは、そのためでは

なかったでしょうか。

皆さんが全体意識で私だけの幸せはないんだと。

全体が幸せであってこそ、私が幸せなんだと。

全体が喜びに満たされてこそ、私が喜びであるというその全一体感

に皆さん自身の魂は目覚め、皆さん自身の魂は叫んでいるがゆえに、

皆さんは個人毎ではない、本当に全体のためにと、そのために

皆さんここに集ってくださってるではないでしょうか。


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愛守心 | 【2007-03-22(Thu) 21:17:51】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(13)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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それを限定し、制約し、束縛することにおいて真の能力を見失った

だけしかにすぎぬこと。

それを皆さんはまた明想という手段を通して、自らが無限であり、

それは偉大なる能力であったと、それを皆さん自身が思い出さんが

ために、明想という方法を通して内面へ内面へ、自らを探求してきた

ではないでしょうか。

我は無限なり。

決していと小さき、弱き存在があなた方ではありません。

すべての宿題にすべての試練に如何なる厳しさにも、喜び、微笑み、

笑いながら、立ち向かっていける本当の勇者になってもらいたい。

現に皆さんにはすべてを乗り越える愛の剣が与えられているでは

ないでしょうか。

その愛の剣で乗り越えられない宿題、試練なんて、どこにも存在

せぬではないでしょうか。

我々は今、地球の抱えているそのネガティブな波動、皆さんの愛の剣で

それをすべて打ち消さんがために、愛の波動でこの地球を満たさんが

ために、万物の霊長として皆さん、存在であることを見失ってはなり

ません。

自らを自覚してほしい。

自覚とは自らに目覚める、自らが神であり、自らが真理であり、自らが

愛であることに目覚めてほしいと。

神はだから一瞬たりとも、皆さん自身の心の扉を叩かぬことはありません。

自らに目覚めよと、自らの心を開きなさいと。

小さな自分を捨てなさいと。

神の偉大なる光に目覚めよと。

それは誰が聞きましょうか。

この現象という物質に振りまわされている限り、神の天啓を全く同じように

叩かれていても同じように天啓が下されても、我々はなぜ聞こえなかったのか。

あまりにもこの世の物質そのもので満たしすぎたからではないでしょうか。

真実の天啓を聞くために、皆さん自身のその心を精一杯皆さん自身が

愛である神に常に向けいかなければなりません。

綺麗なお月様を映し見るためにも皆さん自身の心という鏡を綺麗に磨き

いねばならぬではないでしょうか。

汚れた鏡にはこのおぼろげに映ることであって、はっきりと美しい

姿を映し見るためには、綺麗に磨かねばならぬではないでしょうか。

だからある男性が何百万、何千万というお金を使って宗教をはしご

した。

しかし今だかって、自分が変わっていく様子もない。

で、また神を自覚したこともない。

とうという最後にこの学びに出会ったときに、ヒントを与えて欲しい

と言われました。

ヒントは与えましょう。歩むのはあなただよと。

じゃあ、そのヒントはあなたは今まで色々な宗教で真理、真理を

追いかけてきたけど、あなた自身その真理を読み取る、映し出す、

その真実なる心の鏡は磨いてきたのかと。

あなたはまず鏡の前になぜ立つのかと。

自分自身のその髪をとくために、女性ならば化粧するために、鏡

の前に立つといわれます。

じゃあ、自分の姿を映し見るために鏡の前に立つと。

じゃあ、私がその鏡を汚したならば、あなたは何をするのか、

どういう作業をするのかと。

その汚れた隙間には決しておぼろげに自分自身の顔をはっきり映し

見ることが出来ぬが故に、まずその鏡の磨きからやるだろうと。

何のために、自分の姿をはっきり美しく映し見れるために、鏡を磨くと

言われます。

じゃあ、真理、真理、真理は追いかけてきたけど、真理を聞いて

よかった、本や書物を読んで素晴らしかった、そうは言うけど、

じゃああなたはその真理を映し見る心という鏡は磨いたことは

あるのかと。

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愛守心 | 【2007-03-21(Wed) 20:04:43】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(12)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

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対立をやますのは愛です。

憎しみ、怒りを超えるのは愛です。

だからこそ愛は、すべての特効薬。

この前もなぜこの世の中にこの一つの薬ですべての病が癒えるという

薬を作り上げることが出来ぬのかと、不可能と申します。

私のいとこにも医者がいます。

誰に尋ねてもこの一粒の薬で、すべての病気が癒える、今だかって

そのような薬はないし、今もないし、未来永劫にそれは作り上げる

ことは出来ぬだろうと。

それは病気の現われ場所が一人一人皆違うからであると。

物理的な面からこの肉体的な不調和を作るもの、また精神的な面で

もってその病気を作るもの、今生、物理的な面で霊的な面で当て

はまるならば、過去から背負ってきたもの、どうしてそれ一つを

もって超えることが出来るのかと。

しかし、皆さん自身の中には、我が中には、どんな病であっても、

医者から不可能と言われた病であっても、すべてのすべてを癒す

その薬はあなた方の中に、また内在していることを知ってもらいたい。

それを多くの方々に教え説いたのが、イエス様がマクドナルド・ベイン

さんという方にオーバーシャドウを持って、心身の神癒というその

内容を説いてくれたではないでしょうか。

心は、こころです。

身は、みです。

神の癒しでもって、すべてが超越できるという心身の神癒を教え

たではないでしょうか。

それは愛です。

愛という特効薬を用いることが出来ぬならば、心の面で肉体的な面で

癒えぬ場所がないことを知ってもらいたい。

全世界を癒します。

すべてのすべてを癒すその力は、愛として神として皆さん一人一人

の中に、だから私だけがもがいて何になりましょうかと言いましょうけど

皆さん一人は無限の存在ではないでしょうか。

無限の全てを皆さんは背負ったあなた方ではないでしょうか。

この無限という大海から分離して一個人を皆さん自身が想像すれば

いと小さき者、いと弱きもの。

しかし皆さん自身が大海の無限の我なりという、個我としてここに

生かされていても、皆さんの本質は無限そのものであることを

理解してみてください。

皆さんの能力は無限そのものではないでしょうか。

無限の実在ではないでしょうか。

ただそれは人間として我々が、限定、制約の中に自らをおいたが

故に、いと小さき、弱き存在として感じ生きていることであって、

皆さん自身が大海の中に今、皆さん自身の屋根を伝って、木の葉から

伝って落ちる一滴一滴は、川に流れていきましょう。

で、そのどの川もいずれは大海というこの大海の中に融合し行くでは

ないでしょうか。

じゃあ、その川は大海の無限の力を持つことが出来るではないでしょうか。

皆さん一人一人には、皆さん自身が想像も出来ぬ無限の能力が今

内在していることを知ってもらいたい。

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愛守心 | 【2007-03-20(Tue) 21:57:28】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(11)
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皆さんは決して愛を下さい、愛して欲しい、愛を愛をという乞食

であってはなりません。

乞食は乞食以上の分け前を与えられた乞食は世に一人もおりません。

しかし皆さん自身が乞食ではなく、与えて与えて与え尽くす与え主

になってみてください。

愛の泉から愛の宝庫から使っても使っても減ることのない無限の泉、宝庫

から常にこんこんとほとばしり出てくることを知るでしょうと。

こんこんと湧き出てくるでしょうと。

なぜならば、我は神なり。

我、神なるが故に、無限の知恵、無限の力、無限の愛の泉、宝庫は

我が内にありと。

じゃあ、それを閉ざしたのはもらいたい、得たい、愛して欲しい、

愛を下さいという乞食で生きたが故に、その泉の扉を閉ざして来たでは

ないでしょうか。

これからは皆さん自身が与えて与えて与え尽くしても減らない、決して

その枯れることのない、その無限の泉を皆さんは、開き生きんがために、

肉体存在の目的ではないでしょうか。

乞食であってはなりません。

世の乞食は決して乞食以上の分け前を与えられた乞食は一人も

おりません。

乞食ではなく、無限のすべてを皆さんが与え尽くせるあなた方に

なってもらいたい。

無限の愛、無限の知恵、無限の力、それは皆さん自身の絶対なる

本質そのものではないでしょうか。

いつかむなしく朽ち果てていくこの肉体そのものがあなた方では

ありません。

一転生という人生を旅するための単なる乗り船にしか過ぎぬことを

知ってもらいたい。

だからある宗教ではこの肉体を命の乗り馬、ある宗教では命の乗り船、

ある宗教では命の住む家、生ける神の宮なり、生ける仏の宮なり、

全くその肉体というその衣装は、いつかは脱がねばならぬ仮の姿

にしかすぎぬではないでしょうか。

万物が大いなる宇宙生命という根源の中に今生かされ、全く同一

であるがゆえに、生命は一にして多神、姿、形、形体は異なって

いても表現の方法は異なっていても、生まれ出てきた場所、環境は

違っても、皮膚の色が黒かろうが白かろうが、本質は全く同一、

何も変わらぬこと。

だからこそ我は命なり、あなた方も命なり、我の命、あなた方の命は

この大宇宙を創造した大いなる神そのものとの全く命には違いが

ないこと。

で、その神の中においては高きも低きも大きいも小さいもなく、

全く平等一体であるが故に、すべては我なりと。

我は全体であり、全体は我なり。

我はすべてであり、すべては我なりという境地に至らぬ限り、

どこに平和がありましょうか。

どこに対立をやますことができましょうか。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

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愛守心 | 【2007-03-19(Mon) 20:36:36】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(10)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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だから今の人間は折角神の大愛という愛の息を吸わされて生きている

にもかかわらず、吐く息はどうなのか。

皆さんの吐く息も波動です。

で、皆さん自身の想うことも波動です。

で、皆さん自身が吸う息は愛であるにもかかわらず、吐く時は、

恨んだり、妬んだり、怒ったり、それは全くこの地球そのものを

汚していること他にないではないでしょうか。

吸う息は愛です。

吐く息も愛です。

皆さん自身が明想中にもし雑念が涌き出てくるというのならば、

そこに皆さんが集中されて見てください。

まず、吸う息は愛ですと。

吐く息も愛ですと。

そのように皆さん自身が徐々にその雑念から解き放たれた時に、

本当の宇宙真理という本質の中に融合されていくでしょうと。

まさか吸う息は愛であって、吐く息を恨んだり、妬んだり、怒りの

波動を放つならば、どうしてそこに我々がいい結果を作り出すことが

出来ましょうか。

蒔いた種は必ず自ら刈取らねばなりません。

皆さん、池に向かって石を投げても、見せられているではないでしょうか。

池に向かって投げた石は、必ずや大きく波紋を広げます。

広がった波紋は外に外に逃げることではない。

必ず、投げた石に跳ね返ってくることを見せられているではない

でしょうか。

それはあなた方から放つ想いも言葉も表現も、すべてあなた方から

出たものは、必ずやいいも悪きもすべてあなた方に注がれていくんだと。

跳ね返って来るんだと。

それを我々は教えられていること。

だからこそ一瞬一瞬の想い、言葉、表現を徹底して制御して、我々は

愛の言葉、愛の想い、愛の表現に、徹底して皆さんに生きてもらいたい。

ならば、皆さんが昨日もおとといも今日も明日も、蒔く種が愛で

あるならば、皆さん、未来永劫に愛の実は、無限の至福として、

無限の安らぎとして、無限の喜びとして、刈取り生きることが

出来るではないでしょうか。

じゃあ、苦しんでいるものは、悩んでいるものは、不調和で生きている

ものは、それは誰彼のせいではありません。

地獄に落ちるは神のせいでも誰彼のせいでもありません。

自らが作りあげて、自らそこに、おいていることを知ってもらいたい。

今日も愛にて目覚め、愛で事を為し、愛で今日の一日を終えてみて

ください。

私は、皆さんに常にこう言います。

愛するは愛されるよりも美しく、すべてを幸せにすると。

徹底してそう生きてみてください。

幸せを得ない人間なんて一人もいない。

全世界の人間が無限の愛に満たされ至福を生きることが出来る

ではないでしょうか。

自らして自らの苦しみを作り、一転生という人生を無駄に過ごし

生きるものとなってはなりません。

愛を得ようとするものは愛を失い、愛を放つものは愛を得る。

命を得ようとするものは命を失い、命を放つものは命を得ると。

持てる者さらに多く与えられ、持てぬ者は持っているものさえも

奪われると。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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愛守心 | 【2007-03-17(Sat) 17:43:16】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(9)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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じゃあ、その宗教は真我として皆さん自身の中にすべてを包含した

絶対なる能力をもって皆さん自身の中に内在しているではない

でしょうか。

本当の宗教は皆さん自身の中に内在した真我そのものであること。

真の教育です。

真の科学です。

真の医学です。

すべてのすべてこの大宇宙のすべての答え、一点の狂いなきすべてを

包含しているのがこれが宗教であり、皆さん自身の内在の宇宙真理、

真我であるならば、皆さんどこに訪ねましょうか。

自らの救いを外に求むるなかれ。

自らの救いは内にありと。

外に答えを求むるなかれ。

答えは外にあるものではなく、皆さん自身の内にあるではないでしょうか。

皆さん、実感は、外で実感しましょうか、内で実感しましょうか。

常に実感は皆さんの内ではないでしょうか。

そこを徹底して皆さん自身が明想という手段を通して、常に内を

実感し、内観も内を観、内を感じ、内に生きると書くのであって、

外を観、外を感じ、外に生きるとは書いておりません。

外は結果世界、内は原因の世界。

すべての存在の根源は原因から派生したことを知ってもらいたい。

原因であるその宇宙真理を皆さんが今生、我として自覚するために

、自覚とは実際に感ずること、自覚とは自らに目覚める、自ら皆さん

自身が宇宙真理であることに目覚めたときに、皆さん、目覚めたものは

文字はどう書きましょうか。

覚者と書きます。

7、8年前に私もヒマラヤを意識で訪ねたときに、迎えてくれた

聖人はこう説いたではないでしょうか。

あなたは非常に勘違いしていると。

聖人というものは、山に住まねばならぬ規則があると思うのかと。

鈍重な山に真理を求めるよりも、あなた自身の内に真理を求めた方が

今生手っ取り早く真理到達が為されていくだろうと。

だから真理を我が内に見出したものが、真理を外に求めよとは一言も

説きません。

真理は我が内にあり、いまだかって人手に渡ったことはない。

真理は外に求むるなかれ、真理は我が内にあり。

これが皆さん自身がこれから得ようとする最高目的ではないでしょうか。

内側、内側に内在してきたではないでしょうか。

一秒だって皆さんは宇宙真理という本質から離れたことはありません。

今即、皆さんは無限という大愛の中に生かされ、無限の大愛は皆さん

自身の中に常に内在していることではないでしょうか。

無限という愛は、あそこにあってここにないではありません。

この大宇宙に遍満する大いなる宇宙真理、命こそが愛であるならば、

皆さん何を生きていると言いましょうか。

吸う息は愛です。

吸う息が愛ならば、吐く息も愛であってもらいたい。



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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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愛守心 | 【2007-03-14(Wed) 21:08:37】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(8)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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で、我々はどうなのか。

肉体を自分として暴走させているが故に、この真我という船長に

肉体を任せば、常に愛という生命の王道、愛の光という道を歩ませて

あげましょうに、我でもってあーでもない、こーでもない、まったく

そのずれたコースを走って、とうとうその肉体を破壊に追いやってみたり

それを暴走でもって沈没させている人間の何て多いことか。

悩みも苦しみも不調和そのものは、その意味ではないでしょうか。

しかし、我と神とは常に一体なり。

我は神なり、神は我なり、我と神とは常に一体なりという境地

に至って見てください。

この一瞬一瞬が常に光の道を歩まされていること、歩んでいることを

体験するでしょう。

一点の狂いのない答え。

一点の狂いのないその道を歩まし導くのは皆さん自身の内なる神

であることを知ってもらいたい。

それは外側から来るでもない。

六十何億の迷った人間に答えを求めたところで、せいぜいそのものの

観念、概念で描いた答えで振りまわされているにしか過ぎぬでは

ないでしょうか。

だから今までの宗教家も、本人は神も味わってもない、本人は神を

実感も直感もしていないにもかかわらず、神の名を語って金儲けに

振りまわれている兄弟姉妹が多すぎるではないでしょうか。

これからの残された皆さん自身の人生は神、我として、そのような

気の毒な方々を導けるあなた方であることを神は非常に待ち望んで

いるではないでしょうか。

そのためには皆さん自身が如何なる試練や宿題を与えられていても

それを皆さん自身が喜び、微笑み、笑いながら、乗り越えていける

真の勇者であってもらいたい。

まさか、自分泳げずして、溺れた者を救わんとするならば、共に

溺れ死ぬこと他にないではないでしょうか。

あるいはまた目が見えない者が、盲目を導けば、今までの宗教家の

ように、さあ盲信狂信偶像崇拝で救われる、と全く逆に皆さんは

引っ張ってきたではないでしょうか。

教祖やその取り巻きが優雅な生活をするために宗教があっては

ならぬと。

真の宗教であるならば、私は常に、真の科学者であり、真の医学で

あり、真の教育、それそのものが宗教と言うではないでしょうか。

で、それでもって、どんな難問題も皆さん自身が克服できるあなた方

であって、そこに同じ兄弟姉妹を導くことが出来るではないでしょうか。

しかし、今までの宗教は導くどころか、混乱させてきたではないで

しょうか。

自分が優雅な生活をしたいために、高級車を乗りまわしたいために、

同じ兄弟姉妹を振りまわすとは、何の宗教と言えましょうか。

真の宗教であるならば、普遍的な絶対なる宇宙法則を真理として

教え説いて、生きる喜び、生きる幸せ、無限の至福に導いてこそ

本当の宗教であることを知ってもらいたい。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

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多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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愛守心 | 【2007-03-13(Tue) 20:20:29】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(7)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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悪というものも本来は実在したものではなかった。

闇もその通り。

その時、皆さん、何て言いましょうか。

神の絶対なる宇宙意識、普遍意識、無限意識で完全のみが実在で

あったと。

そこに皆さんは至っていくだろうと。

どこに善悪がありましょうか。

だからこそ皆さんにこの肉の二つ目で見る限りは、これは悪いもの、

これはいいもの、常に善悪を皆さん差別して、皆さん苦しみ通して

いかねばなりません。

しかし、皆さんが叡智の霊眼という一つ目を開いたときはどうなのか。

完全のみが実在、愛こそがすべてのすべてであったと。

愛こそ実在とそう言うではないでしょうか。

だから決して相対するものを見る目を持ってはならぬと。

善も悪も神の御心には存在しません。

神の御心は絶対一元のみ。

完全のみ実在と。

だから絶対というのは、愛こそが絶対であり、神こそが絶対であり、

何て今の世の人間は絶対という言葉や文字の使い方を誤っているのかと。

私の病気は絶対治らない、私の試練は絶対超えられない。

絶対がそこに、仮相的なものに絶対があるならば、神の無限さよりも

神の完全さよりもその現象的なこの結果そのものが、絶対という

大きいという意味を知らねばなりません。

しかし、この現象的なものは皆さん自身が力与えなければ、そこに

存在しているものではないことを知ってもらいたい。

実相という本質から見れば、皆さんは、明想中に体験されたことが

ありましょう。

肉体が感じ得ない、じゃあ、肉体が実在ならば、そのような感覚

なんて感ずることは出来なかったではないでしょうか。

しかし、実在しない肉体を皆さん自身が実相から体験することが

出来るならば、肉体は皆さん自身が意識しているが故にここにある

ようであって、本来はないものであったと。

実在するのは皆さん自身がいまだかって感じ見たことのない、普遍的な

宇宙真理としてのあなた方であることを知ってもらいたい。

我は真理なり、我は愛なり、我は神なりであって、この見える物質、

肉体があなた方ではありません。

ただ大いなる宇宙真理という本質を知恵として、力として、愛として

示し、表現せんがためにそこにただ一瞬のつかの間の肉体をおいている

こと他にないんだと。

肉体は一転生という人生を旅するための単なる乗り舟にしか過ぎぬことを

知ってもらいたい。

しかし、それを操っているのは真我という船長であることを知ってもらいたい。

この世の船とてどうでしょうか。

船は作って浮かべはしたけど、訓練されたその船長をそこに置かなかった

ならば、その船は波に弄ばれて氷山にぶつかってみたり、浅瀬に

乗り上げてみたり、とうとう挙句の果てに沈没。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。



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多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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愛守心 | 【2007-03-12(Mon) 22:51:51】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(6)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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で、また貧乏人は貧乏なりに決して金や富や物質から得るものが

本当の幸せではなく、すべてに愛を感じ、すべてに愛そのもので

生きることそのものが真実の宝であることをそれをまた学ばんが

ために、様々な体験を我々はここに与えられていることを知って

もらいたい。

だからこの現象という見えるもので皆さんは振りまわされて、悩んだり

苦しんだり、低我まで自分自身を引き落とす価値なんてないことを

知らねばなりません。

一番大事なことはすべてのすべてあってあるものの存在の中に、

皆さんは絶対実在である神を愛を宇宙真理を実感せんがためでは

ないでしょうか。

だからこそイエス様が言われたように、血や肉、姿、形が我とは

イエス様は説いてはおりません。

我は真理なり、我は愛なり、我は生命なり、はっきり全世界に

その言葉を示して下さったではないでしょうか。

人間意識、肉体意識、個人意識という偽我なる肉体があなた方では

ありません。

だから今日も我々が愛にて目覚め、愛で事を為し、愛で今日の一日

を終えていけるならば、これ真我に生きた我。

しかし皆さんがそこに一点とて分離感を感じ見て、あの人はこの者はと

差別の生き方であるならばそれは偽我の生き方。

常に偽我の生き方は苦しみを伴います。

愛の生き方は常に至福を得ましょう。

じゃあ、皆さん、同じ1日24時間ならば、無限の至福、無限の喜び、

無限のやすらぎ生きることが皆さん、絶対なるものではないでしょうか。

この現象の世界に肉体存在の目的は、悩んだり、苦しんだり、不調和で

あるためではありません。

もちろん私は悩み、苦しみを決して悪いものとは言いません。

悩める者よ、幸いなり。

苦しき者よ、幸いなりとも説かれておりましょう。

ただ、この現象の世界に満足し振り回される限りは、真の自分を

追求した人間なんて一人もおりません。

悩み、苦しみ、不調和を伴って、なぜそうなんだろう、なぜこのように

おかしいだろう、それは皆さん自身を成長させんがために過程であることを

知ってもらいたい。

しかし皆さん自身が高き意識状態の中から見れるならば、もうあなた方を

振りまわせたものは一物も一点もないことを知るではないでしょうか。

まさか、宇宙真理という愛に、この世のものがどうして振り回すことが

出来ましょうか。

我、この世の闇を照らす光なり。

我、この大宇宙を照らす光なり。

この世の無知が闇が悪が迷いが、我が内なる宇宙真理という愛の光に

指一本触れることは出来なかったと。

悪の中にいて悪の影響を受けぬ自分。

闇の中にいて闇に染まらない自分。

無知の中にいて無知の制約を受けない自分。

迷いの中にいて迷うことの無い自分。

しかし、皆さんが明想という手段を通して実相という本質の世界

に融合した時は、本来は我々が今まで教えられてきたような地獄も

どこにも存在しなかった。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

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愛守心 | 【2007-03-10(Sat) 21:20:20】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(5)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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だから神という大愛に酔うあなた方になってもらいたい。

ならば永遠不滅に無限の至福を味わい生きることが出来るでは

ないでしょうか。

今即皆さん自身の中に無限の至福は皆さん自身が味わっていける

ように、今でも皆さん自身、その食卓に与れるように、常に常に

皆さんを守護している方々や皆さん自身の内なる神は常に皆さん

をそこに導かんとしているではないでしょうか。

遊び疲れた者よ、我が元へ来なさいと。

今まで皆さん自身が心に積みこんできたその諸々のものをすべて

こぼしさって私自身に意識を集中させるならば、必ずやここに

無限の至福の食卓に与ることが出来るのではないのかと。

神は常にそのように皆さんに訴えているではないでしょうか。

まだ遊び足りないのかと。

まだこの現象という見える世界に未練があるのかと。

もう皆さんは今生こそこの現象という幻の世界から実相という

本質の世界へ卒業して帰るために皆さんここに集い下さったでは

ないでしょうか。

あるいはまた今生この肉体という衣装を纏ってきたではないで

しょうか。

心を尽くし精神を尽くし魂を尽くし力を尽くして、我は神なりという

その自覚を持てるまで徹底して皆さん自身が集中してもらいたい。

何を得たいのか、何を見つけたいのか。

皆さんが仮相という結果世界の扉を開きたいのか。

実相という本質の世界を開きたいのか。

二兎を追うもの一兎も得ずと言えるではないでしょうか。

私もこの現象の世界でも、はっきり体験したこと。

あの南米で銃を背負って狩りに行った時に、私の目の前に鹿といのしし

が一度に現れたこと。

家に帰るまでに何キロという距離を一頭でも射抜いたところで

持ちかえるのは不可能なのに、欲張りはそういうものを見せられれば

二頭とも射抜いていこうという欲張り。

さあ、今日は鹿もいのししも二頭とも射抜いて帰ろう。

どうして背負って帰ることが出来るでしょうか。

射抜いたところで。

欲張りはまず足の速い鹿をはじめまず追い詰めて射抜こう。

走って追いかければ追いかけるほどその鹿に距離を離されて、後は

玉が届かぬほどの距離を離されたときにやっとあきらめて、さあ

足の遅いいのししでも射抜いて帰ろう、戻ったところでいのししも

逃した。

これ、欲張りの体験ではないでしょうか。

だから皆さんは今生はもちろん、金や富、物質を粗末に扱いなさい

でもない。

ちりばこやゴミ箱に捨てろという意味でもない。

それなりに皆さんはそれを理解した使い方をしてもらいたい。

じゃあ、今生、金持ちは何のために金という富を任されているのか。

ただ自分自身が優雅な生活に明け暮れるためではありません。

与えられたその富に感謝し、気の毒な方々に愛の奉仕をせんがために、

それでもって自分自身の魂を高め、磨くために、富が任されている

ことであって、それで優雅な生活に我々は振り回されるための目的

ではないことを知ってもらいたい。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

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をご覧下さい。



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愛守心 | 【2007-03-09(Fri) 20:29:12】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(4)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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今この瞬間瞬間とて皆さんは神から分離したことが一度だって

あったでしょうか。

過去において今において未来永劫に神は常に皆さんと共にあり

ではないでしょうか。

人間意識、肉体意識、個人意識から無限意識、普遍意識、宇宙意識へと。

その中に皆さん自身が常に意識で訪ねるならば、そこに神が内在

していることを知るではないでしょうか。

皆さんの救いは、皆さんを光の道へ導くものは、皆さんを癒すもの

は一瞬間とて皆さんから分離したことのない、皆さん自身の無限

という意識の中にあることを知ってもらいたい。

我意識したところに我あり。

我の思ったところに我いる。

神は常に皆さんにそのように心の扉を叩いてくださっているでは

ないでしょうか。

自らに目覚めよと。

自らの心を開きなさいと。

小さな自分を捨てなさいと。

神の偉大なる光に目覚めよと。

なぜ、幾転生という人生をこの見える諸々の結果に振りまわされて

なぜ真実なる私を見失っていくのかと。

私は常にあなた方のそこにいるのではないのかと。

だから皆さんが明想という明想で神の中に融合した時に、やっと

神に出会えたかと皆さんが訪ねるならば、神は何て言うでしょうか。

私はあなた方から一度だって一瞬だって離れたことはないんだと。

ただあなた方が私から離れていたではないのかと。

あなた方の心が私と壁を作ったではないのかと。

だからこそ、壁を取り除きなさいと。

それは皆さんの忍耐と意志と強いその自覚を持って、我は神なり、

汝既に神なり、汝既に仏なり、という強い意識で持って皆さんが

意識して欲しいと。

叩かぬ扉は開かれることはありません。

探さぬものは決して見つかることはありません。

求めぬものは与えられることはありません。

だからイエス様も叩いて叩いて叩きつづけよ。

心を尽くし精神を尽くし魂を尽くし力を尽くし、皆さん自身がどこに

扉を叩きましょうか。

外という結果世界ではありません。

皆さんの内なる扉、内なるものをそこに皆さん自身が訪ねた時に、

探し物は見つかるでしょう。

叩いた扉は開かれるでしょう。

求めたものは与えられるでしょう。

しかし皆さん自身が得たいならば探したいならば、何を探してるのか、

何を探したいのかは、そこに皆さんは決して意識をずらしては

なりません。

これが四六時中、神を想うではないでしょうか。

あるいはまた、もう一つの例えで言うならば、二十四時間四六時中、

神に酔うと私は申します。

しかしこの世の人間は、何てこの世の酒に酔うのかと。

この世の酒に酔うならば理性を失って何をしでかすか分からない。

家庭崩壊につながったものをいっぱい皆さん、見てきたではない

でしょうか。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

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愛守心 | 【2007-03-08(Thu) 22:54:44】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心(3)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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愛としてのあなた方。

神としてのあなた方。

じゃあ、それはまさに明想状態ではないでしょうか。

何時間も何十時間もただ目を閉じて座っていることが明想では

ないんだと。

皆さんが何を見ても何を感じてもその本質は神であることを実感

しているならば、すべての存在の根源は神なりと。

すべての存在の根源は愛そのものと。

それを実感しているならば、それを明想状態。

だから明想は生活そのものが明想でなければならぬと。

だから身近にいる奥さんや旦那さんや子供たちに、まずは周りに

皆さんが神を見ることが出来ぬ限り、どこに行って神を見ることが

出来ましょうか。

だから私が私自身もあの沖縄にいた当時は、あたかもヒマラヤに

聖人という方々は住んで、その方々と出会って祝福を受けねば悟れぬ

というそのように聞いた体験もあります。

そこから私のその神に対する観念、概念を描いた体験もあります。

多くの方々からインドに行き、ヒマラヤに行き、聖人と出会って

その祝福を受けねば悟れぬと。

しかし努力に努力を積み重ねて明想した時に、神は我が内にあり。

神はこの大宇宙に遍満する大いなる宇宙生命こそが神なり。

我神なるが故に、無限の知恵、無限の力、無限の愛の泉、宝庫

我が内にありという実感から、多くの方々にさあインドに行こう、

さあヒマラヤに行こう、しかし自分自身の中に神を見たものは、

実感したものは、外に振り回されることはないでしょう。

皆さん、青い鳥を探して外という結果世界に見出したことが

あったでしょうか。

探し疲れて探しあぐねて、我が内に明想したときに、我が内を

探し求めたときに、手よりも足よりも我が内に、身近な我が内に

青い鳥を見出したのは、あれは真理の例えではないでしょうか。

ある八十何歳かのおばあちゃんももう何年というこの年月をかけて、

この宗教ならば神を見せてくれるか、この宗教ならば神を実感させて

くれるか、何千万という多額な金を使って色々な宗教をはしごしたと

言います。

しかしそこに一度も神を見たことも実感もなかった。

宗教そのものには神を見せる力はないのかと。

で、今度は神社仏閣お寺教会宮を多額な金を使ってはしごしたと

言われます。

しかしそこでも不充分、そこでも見出すことは出来なかった。

とうとう探し疲れて探しあぐねて我が家に帰り、自らの内を見つめた

ときに内なる声があなたの心はどこをさまよっているのかと。

神としての私は常にあなたの内にいたではないのかと。

その御言葉を聞いて、その時こそ、様々な宗教や宗派、神社仏閣寺

教会宮に神を訪ねることをあるいは求めることを止んだという言葉

を去年、聞かされました。

だから神は外に求むるなかれ。

神はあなた方の内にあり。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

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多くの人が愛の表現体とならんことを。


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愛守心 | 【2007-03-06(Tue) 20:08:03】 | Trackback:(1) | Comments:(0)
愛守心(2)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

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肉体ある限りに皆さんは実相という本質の世界をいつでも行き来

出来るあなた方になってもらいたい。

だから我々肉体去るときに実相を知ることが出来なかったが故に、

幽界にとどまってまたこの現象の世界に何回も何万回も舞い戻って

きたではないでしょうか。

輪廻転生という鎖につながれ、誤った生き方の結果カルマを背負って、

何万回でもここに舞い降りてきたことはその結果ではないでしょうか。

だからこそ今生は仮相という我から実相という我に目覚め、何万年の

転生させられた法則、今ここに解けたり。

幾転生という人生の過程を通して背負ってきた業、罪、カルマ、その

鎖から皆さんは解き放たれることを解脱と申します。

解脱を皆さんは今生こそ完成させんがために、肉体存在の目的では

なかったでしょうか。

私はこれは皆さん自身の出てきた場所、真実に帰りいく場所、

これを実相世界と申します。

キリスト教では天国と訴えます。

で、仏教では仏国浄土と訴えます。

じゃあ、天国も仏国浄土も何を意味しているのか。

皆さん自身が出てきた場所、また帰るべき場所。

しかしそこに帰るということには非常に皆さん自身が理解していねば

なりません。

帰るときには私は肉体でもない、幽体でもない、我は霊そのものという

その根源に意識が波長があっていなければ、どうしてそこにとどまる

ことが出来るのかと。

だから幽界に迷い、幽霊として、常にそこに我々は振りまわされてきた

ことを知ってもらいたい。

今生こそは我は血や肉、姿、形でもない、幽体でもない、我は霊なり。

霊は水子の霊、地縛霊、祟りの霊、悪霊、迷った霊ではありません。

霊はこの大宇宙に遍満する宇宙生命エネルギー、つまり神を意味

していることを知ってもらいたい。

神は手の届かぬ遥か彼方にましますでもない。

神社仏閣御寺教会宮に奉られた仏像化されたものでもない。

だから密教では皆さん自身が今理解しようとするその真我、あるいは

また神を来日如来と教えときます。

で、密教ではこの来日如来にこう訴えます。

本来、来日如来とは姿、形もない、この大宇宙に遍満する大いなる

宇宙生命こそが、来日如来。

かといって、それは皆さん自身に見えるものではないんだと。

すべての創造の背後には自らの命を宿してここに化身しているでは

ないのかと。

だから皆さんが形を見れば仮相のもの。

しかし皆さんが意識で実相を捉えることが出来るならば、すべてに

その本質を見ることが出来るではないでしょうか。

これが本当の明想状態と申します。

皆さんが肉体朽ち果てるまで山や洞窟にこもって、どんなに明想を

したところで仮相という結果しか見ることが出来ぬならば、それは

明想状態ではありません。

今ここに立ちながらも即明想状態。

なぜならば女性として男性として肉的なあなた方をあなた方として

見て感じているんではないんだと。

真実、宇宙真理としてのあなた方。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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愛守心 | 【2007-03-04(Sun) 18:45:58】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛守心
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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みなさん、おはようございます。

昨日は全国から百何十名かの方々がここに集ってくださって、平和

を祈ったことに心から感謝致します。

で、皆さん自身がそうあるためには、皆さん自身の心が常に愛に

満たされていてもらいたい。

まさか人を恨んだり妬んだりそしったり怒ったり嫉妬をしたり、

そのネガティブな心からは決して愛の波動を放つことは出来ぬから

であると。

だから常に愛の心はこの見える諸々のもので決して汚させては

ならぬと。

常に愛の心は絶対なる心として守り抜いてもらいたい。

しかし世の人間は、この世的な財産や金を守るためには、いとも

簡単に神の御心を汚すこと。

それでどうして愛の伝導体となれましょうか。

皆さん一人一人は無限という大愛の中に生かされているでは

ないでしょうか。

ならば折角与えらられた無限の大愛、それを世のために人のために

尽くし生きれる一人一人となってもらいたい。

だから愛、守、心。

愛の心は常に守り通してもらいたい。

我は愛なり。すべては愛なり。

じゃあ皆さん昨日、クリスマスセミナーを終えて、変性変生を

遂げていねばなりません。

偽我の自分から真我への自分へと。

低我の自分から高我への自分へと。

変性変生、皆さん自身が何を見ても今日からは、愛しか見えぬ自分。

何を感じても愛しか感じえない自分。

例えば昨日までは怒りの言葉を怒りの言葉として皆さんが耳に

聞けたならば、変性変生を遂げているあなた方ならば怒りの言葉も

天使のささやきにしか聞こえぬこと。

どんな嫌がらす表現も天使の表現にしか見ることが出来ぬこと。

これ、私が何十何年間、徹底して努力してそこに至ったことでは

ないでしょうか。

だから六十何億の人間が私を振りまわしきれたものはいないと。

私、偽我の私ではありません。

愛の私、真理の私。

真理はこの世の現象的なものにどうして汚されましょうか。

どうして破壊されることがありましょうか。

どうして崩されることがありましょうか。

だから真理は時代の新旧において変化することはない。

人間の観念、概念で作りかえることも破壊することも出来ない。

絶対なるもの。

皆さんがこの現象という見える諸々の中で、これ絶対なるものと

言えたものを皆さん今だかって見たことがありましょうか。

形あるものは、一瞬一瞬変化してやまぬもの。

だからこの世は影の世界、この世は無常世界。

皆さん自身が今生知りたいものは、無常の現象的なものから真実、

実相という本質そのものではないでしょうか。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。

実際の光話をお聞きになりたい方は、「愛の伝燃」

をご覧下さい。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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愛守心 | 【2007-03-03(Sat) 20:53:59】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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