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Author:諒
■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

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無題4(14)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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正しく言葉、思い、表現が出来ない者に、どうして正しい

明想が出来ましょうか。

だから我々だって、今日どこかに一点、その思い、言葉や

表現に不調和があったなら、いい明想なんて体験出来なかった

ではないでしょうか。

だからいい明想は美しい表現、美しい生き方の中に正しい明想

があることを知ったときに、皆さんは狂いのない明想が出来る

ことを知ってもらいたい。

だから私自身の一番自慢できることは、何十何年間皆さんと共に

学んで、我々の学びの中から気違いが出なかったことを私は

非常に嬉しく思います。

それは皆さん自身が美しい心、正しい心を持ってして、常に

世界平和でありますようにと。

汝すでに神なり、汝すでに仏なり、正しい明想の結果である

ことを証しているではないでしょうか。

だから明想を通して気違いになるために明想を通して混乱する

ために明想を通して一転生という人生を台無しにするために、

明想を我々の先を歩んだその聖人の方々が残したものでは

ありません。

明想という正しい手段を持ってして、自らが神であるその根源に

至ってもらいたいとその明想が与えられたにだけにしか過ぎぬ

ではないでしょうか。

だから我々は常に正しきその思いで正しきその表現の中に真の

明想があることを知ってもらいたい。

人間意識、肉体意識、個人意識、偽我そのものは皆さんの本質

ではありません。

決して皆さんの真実ではありません。

久遠にして常在、不滅にして絶対実在なる宇宙真理。

久遠とは永遠なるあなた方。常在とは常に在るあなた方。

不滅とは一度だって破壊されたことのないあなた方。

実在とは実際にあるあなた方。

だから真理は決して知識でもなければ、ただ観念、概念で

描くことでもない。

真理は皆さん自身が言葉で語ることが出来ましょうか。

文字や絵で示すことが出来ましょうか。

真理が言葉で語れるならば真理ではありません。

絵や文字で書き示すことが出来るならば、真理ではありません。

無限の真理は皆さん自身が明想という手段を通して実感し、

実際に感じ、直感、直接に感じて、それが日々の生活の中に

言葉言わずとも皆さん自身が、じゃあどのようにその真理の

実践を皆さんがいる場所でおる場所で、言葉出さずとも表現

せずとも、皆さんから無限の愛が放出されていることが

これが本当の真理そのものではないでしょうか。



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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


多くの人が真の自分に目覚め生きることを。

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無題4 | 【2007-10-30(Tue) 22:33:31】 | Trackback:(0) | Comments:(2)
無題4(13)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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だから私達はお父さんとお母さんを縁にしてこの肉体船を

頂き、一時遊んで年頃に来て結婚して子供を産んで、あとは

年老いて死ぬのを待つ人生ならば、何の価値もないという

ではないでしょうか。

むなしい人生というではないでしょうか。

むなしい人生を終えるための一転生ではありません。

今生こそは我々はすべてのすべてあってあるものの中に、

神の実在を見れる自分、これが正しく見るではないでしょうか。

すべてに神を語れる自分、我は神なり、あなた方も神なり。

と、見れる、語れる、聞ける、だから我々のこの目、耳、鼻、口

、その五感というものは、決して人を悪く見るための目でもなく、
人を非難、批判するための口でもなく、人の怒りを聞くための

耳でもなく、何の為に、神はその五感というものを与え

下さったのか。

すべてに真実なる美しき愛の神としての実在を見よと、

その目が与えられ、この口は常に真実なる愛の言葉を語る

ための口であり、常に神のメッセージ、天啓を愛の言葉として

受け止めるための耳ではなかったでしょうか。

しかし、今の人間はどうなのか。

言いたい放題、思いたい放題、やりたい放題。

誰が傷つこうが、誰が苦しもうが、誰が悩もうが、なるが

故にとうとう自分自身がその波動を跳ね返り、自分自身が

受け止めて、苦しみもがいて体験しているほかにないでは

ないでしょうか。

だから誰彼のせいで苦しい、誰彼のせいで悩み、誰彼のせい

での不調和ではありません。

全て一瞬一瞬狂いなく、全て己自身の意識した現れである

ことを知ってもらいたい。

正しい言葉、正しい思い、正しい表現、その中に皆さん

自身が自らを完成させた時に、そこに定めに入るは明想

という内観というそれを教え説いてきたではないでしょうか。

だから御釈迦様も最初から明想せよ、内観せよとは教え

説いてはおりません。

八正道というものさしを徹底してこなした暁は、最後に

定めに入るを教え説いたことであって、欲望の心を持った

ものに明想を教えたものではないんだと。

だからインターネットを通しての明想というものは、

非常に危険が伴うことであることを知らねばなりません。

もちろん、その一人一人が心が調和された意識状態で、

それを使い活かせることが出来るならば、それは正しく

完成に導くでしょう。

しかし、心が貧しきものを皆さんどう言いましょう。

心貧しき者よ、災いなりとも言っているではないでしょうか。



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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


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無題4 | 【2007-10-23(Tue) 23:26:40】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題4(12)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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だから我々は下さい、下さい、下さい、得たいという乞食に

なってはならぬと。

皆さんは常に与えて与えて与えつくす与え主になって

もらいたい。

ならば、神は皆さん自身のこの伝導体を通して、無限の

知恵、無限の力、無限の愛を、無限の光を、必要な時に

必要に応じて、いつでも皆さんの泉から宝庫から懇々と

ほとばしり出てくることを涌き出てくることを体験する

ことでしょうと。

我は神なり、我神なるが故に、無限の力、無限の知恵、

無限の愛はどこから涌き出てきましょうか。

皆さんの内から涌き出てくることを知ってもらいたい。

皆さんが神そのものであるからではないでしょうか。

決して人間意識、肉体意識、個人意識といういつか朽ち

果ていくこの偽我という肉体物質が真のあなた方では

ないことを皆さんが今生、しっかりと受け止めてもらい

たい。

汝、既に神なり、汝、既に仏なり、これが皆さん自身が

今生こそ悟りたかった得たかった知りたかった、最高目的

ではなかったでしょうか。

だからこそ、皆さんは世の人間が遊び歩いている暇も

惜しんで、酒やたばこに明け暮れている暇も惜しんで、

またこの世の賭け事に満足している人間を超越して、

幾転生という人生の過程を通して様々なことを体験、

経験して、皆さんが真の自分を今生こそ実感するために

悟り得るために、ここに今日も皆さん集い下さったでは

ないでしょうか。

だから心を尽くし、精神を尽くし、魂を尽くし、力を

尽くして、神が皆さん自身の美しき真我なるその生命の

輝きとして現し示せるまで、徹底してそこを努力して

もらいたい。

そのために皆さんに神は、意志と忍耐と勇気と努力を

与え下さったではないでしょうか。

だから神は人の上に人を作らず、神は人の下に人を作らず。

特別に誰彼に特別な能力を与えられた者は一人もおりません。

意志も忍耐も努力も勇気も全く平等ですべての六十何億の

一人一人に供え生かされていることを知ってもらいたい。

ただ皆さんが意志を忍耐を勇気を努力を、どこの方向に

皆さんが使い生きるかのみではないでしょうか。

ある者は金儲け、ある者はただ物質を蓄えるために、

ある者は地位や名誉を得るために、ただその向け方のみ

ではないでしょうか。

もちろん先ほども言ったように、地位や名誉、財、金、富

を否定せよという意味ではありません。

ゴミ箱に捨てなさいという意味でもない。

しかし、我々の目的は今生の皆さん自身が知るべき目的は

唯一神のみであることを知らねばなりません。

なぜならば神との一体感おいて、完成であって、解脱で

あって、悟りであって、それ以上何を得てでもないと

言います。

今生、最高学位を得て、地位や名誉、財、金、富に恵まれて

一転生という人生を優雅に終えたところで、真の自分が

神である悟りを見失って何の価値がありましょうか。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。



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無題4 | 【2007-10-19(Fri) 20:46:42】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題4(11)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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何て素晴らしいその設計を描いて、素晴らしいものを

建設すればいいにもかかわらず、どうしてネガティブや

消極、破壊的な設計をして、それを建設して、それを

悩み、苦しみとして受け止めている人間の何て多いことか。

創造の力と創造の場はあなた方に与えられているというのは、

設計と建設があることを知らねばなりません。

またよく宗教で用いているのは、自ら蒔いた種は自らが

刈取ると言っているではないでしょうか。

だから私が蒔いた種はあなた方が刈取ることは出来ません。

あなた方が蒔いた種は私が刈り取ることはできません。

あなた方の宿題はあなた方自ら、完全にこなし生きて

一転生という人生を正しく、我神なりとして終えていって

もらいたい。

じゃあ、今ならば、悟りとは家庭、家族を捨てて、山や

洞窟にこもることでもない。

神社仏閣御寺教会宮にこもることでもない。

ただ良い声で御経を唱えることでもない。

今、我々に与えられている家庭の中で、与えられている

職場で、今与えられているこの社会で、真の自分が

宇宙真理である正しさを見失うことなく、我は真理なり

と正しく生きていることが、それが悟りそのものでは

ないでしょうか。

じゃあ、悟り得た者が、どうして破壊的な言葉、どうして

破壊的な表現、どうして破壊的な思いを、相手をそのような

思いで不愉快な思いに追いやることがありましょうか。

だから皆さんは一言で思って表現で、誰かを不愉快な思い

をさせ、誰かを苦しめ、誰かを傷つけるならば、それ

そのものが自らに跳ね返り、苦しみ悩みとして体験して

きたことではないでしょうか。

だから常に愛の種を蒔き、愛の実を摘み取る者が、

どうして悩み、苦しみ生きる必要がありましょうか。

だから私自身が、今日も愛にて目覚め、愛にて事をなし、

愛で今日の一日を終えていくかぎり、私は未来永劫に

愛の実は、無限の至福、無限の幸せ、無限の喜びとして

刈取ると常に語るではないでしょうか。

愛を得ようとする者は愛を失い、愛を放つ者は愛を得ると。

命を得ようとする者は命を失い、命を放つ者は命を得ると。

持てる者は更に多く与えられ、持てぬ者は持っているものさえ

も奪われると。



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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。



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無題4 | 【2007-10-18(Thu) 23:25:13】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題4(10)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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成仏とは成る仏。

では仏が何たるかを知らずして、どうして仏に到達するか

知らずして、成仏に至った人間なんて世の中に一人とて

いるでしょうか。

我々だって、過去に幾転生という人生を繰り返す中にも

この肉体を去ったときには、子や孫がこの肉体を墓に

納めたり、あるところでは様々な葬式の方法もありましょう。

その度に皆さん自身が、坊さんを連れてきて南無妙法蓮華経

南無阿弥陀仏で、皆サンを供養したかもしれない。

あるいはまた高価な花々や果物を供えて供養したかも

しれない。

しかし、なぜ、我々はここに今生肉体を持って出てきたのかと。

成仏に至ることが出来なかった結果ではないでしょうか。

昇天に至ることが出来なかった結果ではないでしょうか。

だからこそ、今生こそは皆さんが本当の昇天、成仏の意味を

皆さん一人一人が理解して、それを受け止めてもらいたい。

昇天、成仏は飾り物ではありません。

今、肉体を持ちながら皆さん自身が、全ての偽物を

超越することではないでしょうか。

だから真理への道は、一切の錯覚から開放と言えるでは

ないでしょうか。

そうしたときに、真理は汝を自由ならしめんという意味を

皆さんは知ることになるでしょう。

その時から、誰彼を頼る必要もありません。

何を頼る必要もありません。

だから私自身がいまだかって、印鑑を頼ったことがある

のかと。

いまだかって、姓名判断を頼ったことがあるのかと。

なぜならば、自らが自分自身の運命、人生を司っている

ことを知ったからではないでしょうか。

皆さん一人一人が人生、運命の設計者であるとともに

建設家であることを知らねばなりません。

じゃあ、例えば今日、苦しんだ人間、今日、悩んだ人間、

今日、病気で不調和で支配された人間、それは誰彼が

与えたと言えましょうか。

誰彼からも与えられておりません。

己自身が描いた図面を建設しただけにしか過ぎぬことを

知ってもらいたい。

だから名設計者であり名建設家であるというのはその

意味ではないでしょうか。



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今日もこのような話を書かせて頂けることを

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無題4 | 【2007-10-10(Wed) 22:49:17】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
無題4(9)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

光話をそのまま掲載させてもらいます。


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ただ我々はここに到達するまでのこの肉体という現象我を

生かすために、いい食事を得るために皆さんは仕事につき、

そこから正しく仕事をして報酬として給料を得るための

ものであって、いい食事を得るための人生の目的では

ありません。

ただ肉体癒しの目的ではありません。

例えばいつも私は言います。

私は今生、この肉体生まれて、皆さんの前に立っている

この瞬間まで、疲れたという言葉一度も吐き出したことが

ないといいます。

一秒だって調子が悪くて病んだという体験がないと

言います。

さあ、今日はこの肉体が調子が悪いから仕事を休ませて

くれなんて、今だかって私は体験がないと言います。

しかし、このように今この肉体という人生が80歳という

人生を与えられているならば、80歳までこのように

疲れることもない、病み苦しむこともない、その状態で

肉体を脱いだところで、真の自分が神であるその真実を

見失って肉体を去っていくならば、それもむなしい人生

にしか過ぎなかったではないでしょうか。

しかし、皆さん自身が少々肉体が痛みを伴っていても、

障害を背負っていても、皆さん自身が今生の一転生という

人生を通して、我は神なり、神は我なり、我と神とは

一体なりという境地に至って見てください。

健康、健康、健康のみで肉体を去った私と、少々痛みを

伴っていても、その状態でも神を悟ったあなた方と比べた

ならば、誰が成功したのか。

誰が完成したのか、誰が昇天、成仏に至ったのかと。

あなた方ではないでしょうか。

だから肉体が癒されて救われた、悩み、苦しみから一時、

免れて救われた、ただ衣食に乏しい者に衣食を与えて救われた、

インスタントの救済と申します。

私が北海道から沖縄まで皆さんと共に学ぶその目的は、

決してインスタントの救済で満足するあなた方ではなく、

永遠不滅の宇宙真理を我が物として得て、皆さん悟り得た

あなた方であってもらいたい。

解脱に至ったあなた方であってもらいたい。

これが本当の昇天であり成仏と言えるではないでしょうか。

昇天とは昇る天と書きます。

成仏とは成る仏と書きます。

それそのものが皆さん自身が真の自分が宇宙真理に目覚めた

ことを意味しているではないでしょうか。

だから肉体去ったものに、どんなに死んだ後に高価な果物

や花々を供え奉って、南無妙法蓮華経南無阿弥陀仏と唱えた

ところで、その者が肉体持っていたときに、真の自分が何たる

かを知らずして、昇天、成仏に至った人間は一人もいない

ことを知ってもらいたい。



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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。



多くの人が愛の表現体とならんことを。


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無題4 | 【2007-10-01(Mon) 23:14:22】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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