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■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

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真理こそ実在(7)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。


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あなた方自身の中に、私を呼べば、そこに私はいるのではない

のかと。

それは神は我が内にありというその示しではないでしょうか。

まさか、誰彼には特別な神が宿って、誰彼には低い、誰彼には

高き、誰彼には、で分離したものはありえぬではないでしょうか。

だから、あなた方があなた方の内に、私を呼びさえすれば、

そこにいるんだというのが、神は手よりも足よりもはじめから

我が内にあったと。

真理は我が内にあり。

いまだかって人手に渡ったことはないと。

真理を外に求むるなかれ。

真理は我が内にあり。

真理を見出した聖人の方々は、常に我々にそのように訴えかけて

きたではないでしょうか。

イエス様は、父なる神と私とは一つなり。

お釈迦様は、自灯明・法灯明、我が主とせよと。

外という結果世界にもちろん我々が我が内に見出すことが出来た

のならば、外にも遍満し、遍在していることは感じ取ることは

出来ましょう。

目の向けるところ、で、皆さん自身が感じ見ているところ、

すべてそこに内在の神を見きれるではないでしょうか。

そのための我々のこの一転生という人生は与えられていることで

あって、これ昨日の晩に話をさせてもらったように、人生の旅とは

何ぞやと。

ただ口においしいものを投げ込んで、ああこれはおいしかった、

これはまずかった、ただそのように食に振り回されるためでは

ないんだと。

じゃあ、またその肉体という衣装に優雅に着飾って、自慢するため

でもないんだと。

あのマネキンでもあるまいし、どんなに我々がいいものを着飾った

ところで、死後の世界までこの肉体というこの器も持ち帰ることは

出来ない。

上に着飾っているその衣装とてまた持ち帰ることは出来ない。

持ち帰ることが出来るのは、どれほどこの一転生という人生を

通して、一歩でも神の愛に自分が近づくことが出来たか。

それ以上にそれ以下に持ち帰ることは出来ぬと申します。

何を持ち帰ることが出来ましょうか。

皆さんも一円、一物、死後の世界まで持ち帰ったという話を

聞いたことがありましょうか。

いつか我々は、この世この世と見ているこの世さえも、すべて

おいていかねばならぬではないでしょうか。

だから、この世は仮の宿。

で、この肉体という物質もこの衣装は、いつか脱ぎ捨てねばならぬ

がゆえに、死に肩を叩かれれば、いつかはこの肉体という物質は

脱ぎ捨てねばならぬが故に、仮の衣装ですと。

仮の姿です。そういうではないでしょうか。

かといって、わたしはこの仮の姿である肉体を無視せよでは

ありません。

決して、粗末に扱いなさいではありません。

これは神を現し示す大切な媒体です。

だから、イエス様はキリストの伝導体と言ったではないでしょうか。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。


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真理こそ実在 | 【2006-06-15(Thu) 22:47:28】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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