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■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

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真の教育とは?
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の方々のご講話をまとめてみました。

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今の世の中は、親が子を殺したり、子が親を殺したりと、

気が狂っている時代になっています。

これを末法の時代といいます。

これらのことは、自分が何者なのか、分からぬ無知ゆえに、

このようなことがおこっているのです。

今の大人は、目が開いているでしょうか?

自分が何者なのか、分かっているのでしょうか?

神とは何なのか、分かっているのでしょうか?

今の子供たちは、大人よりも霊的に目覚めた魂が、

誕生してきているのです。

それを今までの無知な考えで、頭ごなしに、自分たちの

教えを押しつけようとするから、子供たちは、

反発するわけです。

盲が盲を導いている状況なのです。

子供たちが登校拒否をするのにも理由があるのです。

それは、今の学校が、真理を教えてくれない、この世的な

学問であるということを、心の奥深くで感じており、

学校に行っても、得るものはないと感じているからなのです。

先生たちも、真理を分かっていないのに、一方的に目上、

年上という立場から、物事を教えるために、反発を食らう

わけです。

この世の何者も、先生と呼んではならぬ。

先生と呼ばれた時点で、その人の成長は止まってしまうだろう。

真の先生は、我が内にあるわけです。

今の学校の先生や親たちは、謙虚に、幼稚園生の子供たちや、

小学校の子供たちから、学ぶ姿勢なくして、どうすると

いうのでしょうか?

蟻一匹からも、真理を学ぶことができるのではないでしょうか?

ただ、先に生まれたからといって、わたしの方が、何でも知っている

と傲慢になり、謙虚さを忘れているのです。

親も先生も、謙虚さを忘れてはいけません。

わたしの子供、子供、という気持ちは、捨てるべきです。

あなたの所有物は、この世に一切ありません。

神より預けられた子供たちから、多くのことを学ぶ、学べるんだという

ことを、忘れてはいけません。

親も先生も、この世がなんなのか?

真の自分とは、何なのか?神とは何なのか?

それを知り、悟り、教え、伝えてこそ、真の教育といえるのでは

ないでしょうか?

ただ、いい学校を卒業して、一流の大学を出て、一流の大企業に

就職して欲しいとか、真の自分を分からずして、この世を去れば、

何の価値もないことでしょう。

一流の大企業に就職すれば、幸せになれるのですか?

自分の子供をあたかも自分の所有物のように、扱ってはいけません。

謙虚に、すべてのすべてから、学ぶ姿勢、これを忘れてはいけません。

まずは、神の国を求めなさい。

あなたが、真の我が分からずして、子供たちに教えることは

できません。

わたしは、肉体ではない、人間ではない、個人ではない。

我、宇宙に遍満する生命なりと。

真の我とは、何ぞや、わたしは何のために、存在しているのか?

神とは、何なのか?

生命とは、何なのか?

徹底して、追求し、答えを自分で出さなければいけません。

この答えは、明想せずして、得ることはできません。

五感を超えたところに、真の自分はあるのです。

明想をおろそかにしてはいけません。

明想なんか必要ないんだ、もう私は自分が神であると知っていると

謙虚さを忘れ、明想の大切さを忘れている人が多いのです。

あなたがたが、明想によって、少しでも霊的な体験をすれば、

3度の食事をするよりも、明想をしたいと思うようになるでしょう。

その境地に達するまでは、忍耐、忍耐、忍耐あるのみです。

ここでわずか学んだだけで、もうすぐに神の力・知恵は、

わたしのもとにあるんだという勘違いはしないように。

何年間も何十年間も、継続し、明想することによって、

答えは出すものです。

明想するときに、何か見よう見ようとするのは、

やめなさい。

見えるものは、すべて影であり、幻であるのです。

人が明想をしたときに、何か見えたというような話を

うらやましく思わないように。

時間がある限り、明想をしなさい。

そして、日常生活で、真理を実践してこそ、その明想は

生かされるのです。

そして、皆さん方が、子供たちに、真の教育を伝えて

いってほしいと思います。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。


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未分類 | 【2006-02-20(Mon) 12:57:19】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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