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■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

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愛の伝導体(5)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

講話をそのまま掲載させてもらいます。

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じゃあ、皆さんが、朝に昼に晩に、何十何年間、これから、

皆さんたちが、未来永劫に、常に思いを通して、言葉を通して、

愛、愛、愛の種を蒔けるのならば、例えば、今日の一日、

与えられた時間も、今日も愛にて目覚め、愛にて事をなし、

で、愛にて今日の一日を終えていけるならば、誰をも、愛の種を

蒔けば、何が実りましょうか?

愛の実をつけます。

で、その愛の実は、どう、みなさん、収穫しましょうか?

無限の幸せ、無限の喜び、無限の幸福として、皆さんは、

摘み取ることが出来るではないでしょうか?

じゃあ、そのもの、誰が崩すことが出来ましょうか?

誰が振り回すことが出来ましょうか?

この何十何年間を振り返っても、一日、一分、一秒たりとも、

わたしは、決してその精神的な不調和、で、苦しみ悩んだこと、

一度もないとも言います。

心身ともに毎日がベスト、毎日が喜び、毎日が至福、しかし、

わたしは特別な人間でもないし、皆さんも確実にそこに

一歩一歩、近づいていっているではないでしょうか?

今までは、同じように与えられた宿題に、何週間も何ヶ月も何年も、

それに同じ宿題に、悩み苦しんだのも、しかし、今、与えられた宿題は、

同じ大きさ、同じ宿題であっても、いとも簡単に乗り越えることが

できたと。

それは、皆さん自身が、宇宙真理という本質を、実践している結果

ではないでしょうか?

真理は、実践することであって、決して絵に描いたぼた餅信仰のように、

で、眺めていれば救われる、眺めていればお腹満たすではありません。

まさか、絵に描かれたぼた餅を、肉体が朽ち果てるまで眺めていても、

お腹満たすことが出来ましょうか?

先ほど、我々が夕食を、カレーが出されたのも、皿にもって眺めていても、

お腹満たすことは出来なかったではないでしょうか?

しかし、皆さんが、このスプーンを手にとって、で、口に投げこんで、

行動起こしたがゆえに、お腹を満たすことが出来たではないでしょうか?

それ、努力でなくて、なんと言いましょうか?

だから、ある男性の方が、我々は初めから神、初めから愛、

どうして努力する必要がありましょうか?と私に質問で訴えた

ものがいます。

本当にあなたは努力なしで、そうあるのかと?

もちろん、誰の本質も神である事実は否定することは出来ません。

愛であり、宇宙真理である事実は、誰も否定することは出来ません。

しかし、この幾転生という人生の過程を通して、真理という自分を、

偽我の自分で覆ってきたではないでしょうか?

鏡の前に立てば写し見ることの出来るこの肉体を指して、

触れば掴んで感ずることの出来る肉体、物質を我という錯覚は、

明想という努力、で、本当に自分を正しく理解しようとするその

努力で克服できることであって、じゃあ、努力せずにして、

どうして、あなたは神そのものを生きているのかと?

で、本質である愛そのものを、そこに現し示しているのかと?

無知、盲、迷い生きているほかないではないでしょうか?

じゃあ、そこから解脱、そこから脱出し、本当の自分を見出す

までは、我が中に内在の真我は、はじめからあり、今もあり、

未来永劫にあることを実感するまでは、これは努力というものを

必要とするではないでしょうか?

まさか、努力なくしてそうならば、努力が必要でなかったのならば、

どうして、神は我々に、意志と忍耐と努力というその方法を与える

ことがあったでしょうか?

また、見失っているこの自分を努力せずして、それが取り戻せるのならば、

誰が真理を学んで、明想という、その手段を用いる必要が

あったでしょうか?

だから、勘違いも甚だしいもの。

あまりにも、その本という本の知識を読み、勘違いのしている人間の

なんて多いことか。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。


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愛の伝導体 | 【2006-04-04(Tue) 22:05:12】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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