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Author:諒
■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

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愛の伝導体(4)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

講話をそのまま掲載させてもらいます。

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しかし、自分で自分というものはどうでしょうか?

にぎれば針先一点ともなれるし、広げれば、無限大とも広がります。

で、高きその神の位置にも我々は到達することが出来ましょう。

しかし、落とせば、また万物のこの低長といわれた動物よりも

まだ、最低な自分にも落とすことが出来るではないでしょうか?

だから、己と未来は、どうにでも変えることが出来ること。

しかし、過去と誰彼は、どんなにもがいても変えることが出来ぬと

言われます。

その本人が、今までの悩み、苦しみ、不調和の生き方から、

で、正しい生き方に変えて、神の域まで到達するんだという

自らして、目覚めて努力していかぬ限りは、そこに至ることはできぬ

ではないでしょうか?

だから、自縛とは、自らが縛ると書くことであって、誰彼が縛る

とは書きません。

誰彼が我々を縛っているのならば、その縛っている相手が我々を

自縛から解き放つ責任があることでしょう。

しかし、己を縛っているのは己自身であるがゆえに、自縛と

書きます。

で、自縛を解き放てるのは、悩み、苦しみ、病、不調和、一切の

仮相的なものから、解き放つことが出来るのは、己自身しかいない

と申します。

だから、みなさんが縛った己を責任もって、みなさん一人一人が、

自縛から開放する事を、我が救い主は、我が中にいることであって、

一点の狂いなき答えを与えきれるのは、みなさん、一人一人の中に

内在している真我であって、宇宙真理であって、外なる誰彼でも

ないといいます。

60何億の迷っているものに、みなさん、正しい答えを求めた

ところで、60何億の誰が、答えを与えることが出来ましょうか?

しかし、一点の狂いなき答えを与えきれるのは、みなさん一人一人の

中の内在の真我、宇宙真理と申します。

で、その真我こそに答えを求めるのならば、もうみなさんが、どこに

歩むものも光という道をみなさんに示してくれるではないでしょうか?

我が救いを外に求むるなかれ。

我が救いは、我が内にあり。

で、我が答えを道を外に求むるなかれ。

皆さん自身に光の道を示しきれるのは、みなさん一人一人の中に内在の

真我こそであることを、みなさん理解してもらいたい。

そのために我々は、明想という手段を通して、常に真我一体という

大海にしみる一粒の滴。

で、分離していた一粒一粒の滴なるあなたがたが、無限という大海を

認めて、その大海の中に融合しいくことが、これが最高な明想状態と

言えるではないでしょうか?

何のために明想しましょうか?

ただ、誰がも示さないその能力欲しさに明想するのかと。

で、その得たその能力を自慢するために、で、また金儲けのために、

そうならば、そのものが、せいぜいそのバイブレーションが、

波長あわすところは、幽界という迷いの世界だろう。

で、そこから憑依を受けて、苦しみ生きるほかないだろうと。

わたしは、さんざん見てまいりました。

だから、その憑依なるものを捉えて、こう語ったとき、

このものの肉体を支配するものよ、このものから出て行けと。

このものの肉体はあなたが使うべきものではないから、

今即離れよというならば、私が勝手にこのものについたんでは

ないんだと、このものに引っ張られて、このものに呼ばれて、

私はここにいるんだと。

だから、その憑依を引っ張ったのは、誰なのか?

それは自分自身ではないでしょうか?

だから、皆さんは、愛を引き寄せるも、で、破壊的なものを

引き寄せるのも、すべて、送信受信は、みなさん次第。

原因と結果は、皆さん次第。

蒔いた種は、自らが刈り取ると言っているではないでしょうか?

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




愛の伝導体 | 【2006-04-03(Mon) 23:09:10】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛の伝導体(3)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

講話をそのまま掲載させてもらいます。

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だから、今生、万物の霊長として、それだけの特権を与えられて

いながら、明想、内観を見失って、ただ無知のまま、盲のまま、

迷ったまま、一転生を終えてみてください。

何の価値もないといわれます。

私たちは、お父さん、お母さんを縁として、この肉体船をいただき、

一時、遊んで、年頃に来て結婚して、子供を作って、後は年老いて、

死ぬのを待つ人生ならば、動物と何ら変わらぬと言っているでは

ないでしょうか?

じゃあ、皆さん、無知の人生、盲の人生、迷った人生を終えている

そのいかなる権力を持っている方々であっても、地位、名誉を持って

いる方々であっても、今、皆さん、うらやましいと言いましょうか?

うらやましいことは、本当に自分に目覚めた、で、無限の知恵、

無限の力、無限の愛、無限の光を、観自在、無碍自在、自由自在に、

示し生きているものこそが、我々の最高目標ではないでしょうか?

無知、盲、迷いのままに、一転生を終えていく、その人間の地位、

名誉なんて、うらやましくもないといいます。

何の価値がありましょうか?

真の自分を見失っては、幾転生という人生の旅は、真の自分が

何たるかを知るための人生であったことを知らねばなりません。

どこから出てきたのか、どこに向かって旅をしているのか、

その旅の目的は何なのか?

旅の目的を終えて、どこに帰るか?

で、みなさんがそれを見出すことが出来たならば、もう完成では

ないでしょうか?

解脱、離脱、すなわち、悟りと言えるのではないでしょうか?

最高目標は、悟りです。

金やものや物質ではありません。

だから、みなさん自身が、幾転生という人生の過程を通して、

で、ある時は、王という位も与えられたことでしょう。

ある時は、もう世界の金持ち、それも味わったことでしょう。

しかし、なぜ、みなさん、ここに集ったのでしょうか?

金やものや物質という、この仮相でみなさんの魂は、

満足いかなかった。

何か違う。何か知りたい、何か掴みたい、何か得たい、その何か何か

を追い求めてきて、みなさん、今日のこの瞬間があるでは

ないでしょうか?

だから、過去の失敗を何も悔やむ必要もありません。

過去の失敗、過去の成功、過去をすべて通して、みなさんは、

今ここにあること。

だから、過去は過ぎ去った思い出。

何も悔やむ必要はありません。

もちろん、その過去に失敗は、それを教訓として、二度と同じ過ち、

同じ失敗を繰り返さぬように、反省は大切。

ただただ、もうむやたに流して、また同じ失敗や同じ過ちを繰り返す

愚かなる者にはなってはいけません。

それを見るためには、過去も、しかし、過去を悔やんで、悩んで、

それに振り回されて、落ち込むあなた方であってはなりません。

過去は、どんなにもがいてもあがいても、戻すことはできぬでは

ないでしょうか?

過去は変えることはできません。

誰彼を変えることはできません。

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。


多くの人が愛の表現体とならんことを。
多くの人が真の自分に目覚め生きることを。



愛の伝導体 | 【2006-04-02(Sun) 15:34:28】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛の伝導体(2)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

講話をそのまま掲載させてもらいます。

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だから、この地球というもちろんわたしは、この地球は、緑したたる

美しい地球に復活してもらいたい、その聖なる惑星に復活してもらい

たいと、わたしはそう願います。

しかし、例え、地球が崩れ去っていく中にも、皆さんが、

宇宙真理という本質こそ我なりという自覚を持っているのならば、

形を変えていくこの現象世界に、苦しい、で、悩み、決して

振り回されることはないではないでしょうか?

だからこそ、我々は、完成というものは、宇宙真理という本質に

目覚めてこそであると。

真理は汝を自由ならしめん。

どんな悩み、苦しみ、不調和、病、で、その悲しみからも、

真理という知恵、真理という力、真理という愛ほかに、

そこに我々を、導くことはないともうします。

だからこそ、真理こそ絶対実在。

決して、いつかこの脱ぎ去っていく肉体という衣装があなたがた

ではないんだと。

だから、私私というけれど、私には二通りの私が

存在するんだと。

いつか朽ち果てていく肉体的な私。物質的な私。

永遠に朽ち果てることのない不滅の宇宙真理として、神我なる私。

じゃあ、我々は、いつか朽ち果てていく肉体的な物質的なものが

私なのか?

永遠に朽ち果てることのない不滅の宇宙真理としての私なのか?

それを今生、我々は、徹底して、識別していかねばなりません。

私、私、いつか朽ち果てていく現象的な私であってはなりません。

もちろん、我々には、肉的な私と、その宇宙真理という、見える部分と

見えない部分は、表裏一体として、存在しております。

しかし、今までの我々は、もう朝に昼に晩に、常にこの肉体という

この物質我を私、私と、錯覚して生きてきたではないでしょうか?

だから、神は、みなさんの扉を叩いて、あなたがたが私、私で生きて

いる肉体という私は、真の私ではないんだと。

錯覚から覚めよと。

幻覚から覚めよと。

で、扉を叩いているにもかかわらず、今の無知、盲、迷った人間は、

もう、見えるがゆえに、触りつかむことができるがゆえに、

感ずることができるがゆえに、絶対なるその肉我を私という錯覚を

してます。

錯覚から覚めよと。

幻覚から覚めよと。

常にあなたがたの心の扉をノックしているのを、聞こえぬのかと。

神は常に、そう訴えています。

あなたがたが、深い明想という手段を通して、中に入りさえすれば、

で、ここに真実なる私がいることを、で、あなたがた、見ることも、

感ずることも、できるのではないのかと。

それは、肉体を持って、解脱まで至った聖人たちも、私にこう言います。

なぜ、同じ場所にいながら、私の声が聞くことが出来ぬのかと。

私とは、命のわたしです。

なぜ、同じ場所にいながら、なぜ、私の姿を見ることが出来ぬのかと。

その私というのは、命のわたしであるがゆえに、命という本質の世界

まで、自ら、高めぬ限り、そう言っている本人見ることができましょうか?

その声、聞くことができましょうか?

だから、我々が、どんなにもがいて、あがいて、天使方の姿を見て

みたい、声を聞いてみたいと、もがいても聞くことはできぬと申します。

波長が違いすぎるからであると。

で、バイブレーションが、離れすぎるからであると。

だから、皆さん、明想という手段を通して、肉的な私が私なのか、

見ることが出来ない宇宙真理としての私が私なのか、

それを識別せんがために、明想という最高手段が与えられている

ではないでしょうか?

一番、最初に、本当にその明想という手段を通して、実相という本質を

見出したその聖賢な方々は、こう言われました。

見えるものの背後に実在する見えないものを見るためには、

すべてこの五感というものを閉ざさねばならない。

で、見えるがゆえにその振り回されたこの世界をすべて、

シャットアウトせねばならない。

そこに明想というものを見出したこと。

で、明想という手段を通して、静かに、沈黙を守って、深く深く、

自分に潜ったときに、そこにいまだかって見たことのない、

いまだかって体験したことのない、真実の我をそこに見出すことが

できたことを、そこに明想という大切さを与えられてきたでは

ないでしょうか?

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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。


多くの人が愛の表現体とならんことを。
多くの人が真の自分に目覚め生きることを。



愛の伝導体 | 【2006-04-01(Sat) 19:00:40】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
愛の伝導体(1)
万物の造り主である神が、すべてを創造した目的は、すべては愛に

生きよと、特に万物の霊長なる我々は、決して、憎しみ、そしり、

怒りの波動で生きてはならぬと、言葉において愛の波動、思いに

おいて愛の波動、で、なす表現一つ一つが、常に愛の波動で生きよと。

ならば、私が創造した以上に、この母なる大地という地球上は、

美しく調和されていくだろうと。

しかし、今はどうなのかと。

折角、神から与えられた愛の息を吸っていながら、で、吐くときは、

憎しみ、そしり、怒り、嫉妬、裁きあって、どう平和を立て直すことが

できましょうかと。

だから、一瞬一瞬が、吸う息が神の愛なる息なり。

で、吐くときは、愛の光で、この地球全体を包みいくんだという

その息を放ってもらいたい。

一瞬一瞬、常に愛の波動、伝導体として生きよではないでしょうか?

ネガティブ、消極、破壊的な波動を放って生きよとは訴えてはいません。

だからイエス様は、この肉体存在の目的は、キリストの伝導体と

言ったではないでしょうか?

キリストとは愛です。

キリストとは慈悲です。

キリストとは知恵であり、力であり、光そのもの。

で、それを伝導体として生きよであって、決してネガティブな

生き方をしてはならぬと。

我々の放つ言葉、思うこと、もう一瞬一瞬、すべてこの現象という

形の世界に形を作り上げていくだろうと。

で、ちょうど私が、ひとつお客さんからテープをいただいて、

聞かせてもらったそのテープにも、万物の霊長たる我々が、

愛として明想し、で、バイブレーションを上げていけばいくほど、

で、中にひそんでいる汚れは、猛スピードで全部浮き上がってくる

だろうと。

だから、我々は今の今、何物にも振り回されない、何物にも混乱

させられない、豊かな心を作り上げていってほしいと。

それがみなさんに与えられた一日一日、24時間であること。

決して、金や物質を否定するものではないけど、じゃ、朝に昼に

晩に金、金、金、金で追いまくっている間に、さあ、肉体を脱ぎ

すてる時が来てどういたしましょうか?

そこで、慌てて、さあこれから、心を磨こう、何をしよう、間に

合いましょうか?

で、そのように、私より4~5歳下のいとこだったか、

こういう体験もしております。

今から4~5年前に、神奈川の方で仕事をしておりました。

で、そのおばちゃんに言われて、さあ山梨ではいい学びをしている

というから、あなたも一度は訪ねて学んでみてはどうかと。

おばちゃんがいとこに言ったにもかかわらず、そのうちに行きます。

もう少し金を、貯金もしてから、という間に、もうひっくりかえって、

そのまま肉体を去ることになり、さようなら・・・。

この世の時は、この世の時間は、我々が悟るまで待ってくれ、

金や物をかき集めてから真理を学びます、待ってくれるでしょうか?

これは、げんに身近に、私のいとこで、体験したではないでしょうか?

だから、何をさておいても、まず、神の国を求めなさいと。

神の国とは、みなさんの一人一人の中に内在している宇宙真理、

神我そのものを意味しているではないでしょうか?

で、わたし、その神我を、ノアの箱舟にも例えます。

どんなに形あるノアの箱舟を組み立てて、一時、大洪水から免れた

ところで、肉体というのり舟を我として錯覚している限りは、

いつかは脱ぎ捨て、いつかは朽ち果てていくもの。

しかし、皆さんが我は神我なり、我は真理なりという、本当の

ノアの箱舟を皆さんが自覚したと見てください。

洪水にあって、死にましょうか?

火に投げ込まれて、焼け死ぬことがありましょうか?

宇宙真理という本質は、時代の新旧によって、変化することなく、

人間の観念、概念で、崩すことも、破壊することも出来ません。

水の中に投げ込まれて、濡れることもないし、火の中に投げ込まれて、

焼けることもないし、風にさらされて、乾くこともないし、

世界の武器を向けても、誰も破壊することはできません。

じゃあ、みなさんが、我、地や肉や姿、形ではなく、人間、肉体、

個人でもなく、我は真理なり、宇宙真理を、今、自覚して

みてください。

これこそ、もう、最高な、ノアの箱舟、完成ではないでしょうか?



愛の伝導体 | 【2006-04-01(Sat) 00:00:09】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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