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■少しでも多くの人に愛にて生きることが幸せにつながることをお伝えしたく、また真の自己に目覚め生きることを共に学び、共に歩んでいきたいという思いで、このブログをはじめさせてもらいました。

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真理こそ実在(3)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。


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じゃあ、我々が謝った心の状態で明想して見てください。

その波長はどこにあいましょうか?

また幽界という誤った方向に波長があえば、そこのいたずらを

受けねばならないではないでしょうか?

これは我々も沖縄時代からさんざん見てきたこと。

心伴わないで、ただ現象欲しさ、ただ人を恨み、ねたみ、そしり、

怒り、嫉妬、裁きを持ちながら明想したときに、幽界というものから

いたずらを受けて、で、それを皆さん憑依現象と申します。

で、それを受けたものにまたこういうならば、このものの肉体を

支配するものよ、このものから出て行けと。

これはあなたが使う肉体ではないし、で、そのものから今離れよと

言うのならば、私が勝手にこのものについたんではないんだと。

このものに呼ばれて、このものに引っ張られて、で、ここに

来たのではないのかと。

だから我々は、何を皆さん自身が受信するか、皆さんの最高な明

想というのならば、本当にこの最高な実相世界からの受信を

受けれることが最高の明想ではないでしょうか?

ここには様々なこの波動が、電波として飛び交っていましょう。

これは科学では電波だとか、波長とか、色々な表現を用います。

で、皆さんは波動と表現します。

高い波動、低い波動、で、いい波動、悪い波動、皆さん、波動という

表現をします。

ここには皆さんからは携帯から放つ波動、で、また家で電話の受話器

を通して放つ波動、で無線機から、またテレビやラジオの放送局から、

もうここは、皆さんたちが想像もできないほどの波動が入り

混じっています。

しかし、それは皆さんの肉の目には映し見ることができぬでは

ないでしょうか?

ラジオの放送局から発せられていても、またテレビ局から

放たれていても、肉の目には捉える事もできない、掴むこともできない、

しかし、そこにちゃんと無線機という箱をおいて、またテレビという

箱をおいて、ラジオという箱をおいて、チャンネルをあわせば、

チャンネルにあったところから、皆さんは受信を受けて、画像を

見てみたり、音声を耳で聞いてみたり、それは皆さん自身がもう

小さい頃から、子供から大人まで理解できるではないでしょうか。

本当にここは電波という波動の入り混じった世界であると。

で、皆さんは、明想は何のためにと。

で、その明想という表現、方法を通して、皆さん、最高世界から

受信を受けるために、今訓練を受けているではないでしょうか。

で、そのように恨んだり、ねたんだり、そしったり、怒ったり、

嫉妬をしたり、裁いたり、どんなにもがいても、いいところから

受信を受けることはありえぬと私は申します。

なぜなら、それは私も体験します。

今日も一日が、与えられた24時間が、例えば、ネガティブな

その言葉や思いや表現、どこかに自分の心のひずみ、心のゆがみ、

心の過ちがあったならば、どんなに明想をしようともがいても、

いい明想が出来たためしがない。

で、それはまず、反省して建て直して、もう一度また明想を

組みなおしたときには、入れるときもあれば、入れぬときも

あります。

だから我々は無限というその意識の中に皆さん自身が融合せぬ限りは、

まだ不完全、私も完璧ではありません。完全でもありません。


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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真理こそ実在 | 【2006-06-11(Sun) 10:40:13】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真理こそ実在(2)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。


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今のように、悟りを勘違いしている人間の何て多いことか。

汝、座して神を拝む事なかれ。

日々の生活の中で、正しい言葉、正しい思い、正しい表現、

まず、そこからのスタートではないでしょうか。

お釈迦様も弟子にしてほしい、すぐ容易く弟子を取ったんでは

ないんだと。

まずは八正道というものさしを与えて、正しくものが見れるか、

正しく語れるか、皆さん我々の目は、人を悪く見るために与えられた

目ではないではないでしょうか。

すべてに真実の美しさを見るための目ではないでしょうか。

誰彼の非難や裁くための口ではなく、常に愛という美しさを語る

口ではないでしょうか。

で、この耳は、人の噂話や世間話を聞くために、耳を与えられている

んではないんだと。

じゃあ、今、人間という万物の霊長と言われたものが、本当に

その五感というものを制御して、正しく見、正しく思い、正しく

語り、正しく聞き、で、そこからスタートして、宇宙真理であって、

だから、常に心という心を失って、どこに真理があるのかと。

イエス様も砂の上に立てた教会はもろい。

右から風がくれば左へ。

左から風がくれば右へ。

いとも簡単に崩れ去っていくんだと。

岩の上に立てた教会は強し。

それは砂の上は、岩の上はと、一番、心の面を説いたでは

ないでしょうか。

だから、心伴わないで、ただ真理さえ聞いていれば、ただ真理さえ

追っかけていれば、悟れる、でおかしい人間がいっぱい仕上がった

ではないでしょうか。

まずは思いやり、まずはいたわり、本当に正しい言葉、正しい思い、

正しい表現、正しい生き方を徹底して、我々はそこを理解して

いかねばなりません。

だから、私の何十何年間は、常に心というものを説いてまいりました。

共に北海道から沖縄まで学ぶ友は、決して誰の非難もしてはならぬと。

だれも裁いてはいけぬと。

汝、裁くなかれ、イエス様もあれほどの仕打ちを受けて、最後には

十字架に張り付けられても、このものたちよと裁いたわけでもなければ、

非難、批判したわけではありません。

神よ、このものたちは、命において一つであることを知らない、

愛においては完全であることを知らない結果、今このような過ちを

犯そうとしていることをお許し下さいと。

神よ、このものたちに光よ、心に安らぎを。

だから、我々は、本当にイエス様を愛し、イエス様の信仰という

のならば、イエス様が歩んできた道を我々も徹底して正し、生きる

ことが、お釈迦様も、あなた方が我々の道を正して、歩み生きること

が出来るのならば、泥沼に咲く蓮の花よりも神我という美しき花を

開花させることができるだろう。

そう、説いたではないでしょうか。

だから、弟子にして欲しいといわれても、即に弟子を取ったんでは

ないんだと。

まず八正道というものさしを完璧にこなしえるか。

すべてのすべてに正しさを見、正しさを思い、正しくものを聞き取り、

で、その表現、生き方を徹底して、後に定めに入るを教えたでは

ないでしょうか。



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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真理こそ実在 | 【2006-06-08(Thu) 22:39:01】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
真理こそ実在(1)
多くの人がまた自分自身が真の自分に目覚め生きることを思い、

覚者の講話をそのまま掲載させてもらいます。


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真理こそ絶対実在と。

真理他にはこの大宇宙に何も実在していないんだと。

そこには憎しみやそしりや怒りや、また悩み、苦しみ、不調和、

何物もないという意味を知ってもらいたい。

で、今日、私、最高な学びをさせていただきました。

朝の光話を終えて、十九年ぶりに従兄弟を訪ねました。

訪ねましたが従兄弟は仕事でいませんでしたが、そのお母さんが

こう言われます。

肝臓の方に菌が入って、それを菌を殺すためにそこに薬を投入

したと。

菌は殺せたけど、またその薬そのものがその肉体に悪さをしている

んだと。

よく、インドの言葉でも、「汝、殺すなかれ」とあります。

で、私、その話を聞きながら明想していますと、ありありとそこに

ビジョンが浮かびます。

なぜ、あなた方は殺そうとするのかと。

なぜ、対立しようとするのかと。

真理とは愛です。

真理とは知恵です。

真理とは力です。

その真理という真理の中に、すべてを包み込めるのならば、

ガンというその細胞、まあ、皆さん、この肉体をむしばうものを

ガンだとか、悪い菌と言います。

本来はガンという細胞、悪い菌なるものは、どこにも存在せぬと

言われました。

で、話を聞きながら、明想の中にいますと、我光なりというその

境地で、すべてのすべてが消えて行くことを見せられました。

だから、その体験から、その実感から、愛に勝る力、愛に勝る知恵、

愛に勝る光は、どこにも存在せぬことを理解できるではないでしょうか。

だから、我々は、恨み、ねたみ、そしり、怒り、嫉妬、裁きでは

ありません。

皆さんの本質は宇宙真理、絶対愛であるならば、誰とも戦おう、

誰をも非難、批判、裁こうではなく、それは偉大なるイエス様は

はっきりと見せてくれたではないでしょうか?

汝、裁くなかれ。

本当の奇跡とは、すべてを許して、すべてを愛することが、

最高の奇跡だと言ったではないでしょうか?

水の上を歩けるから、物質化現象ができるから、そのような表現を

見せ付けたところで、その人の心に宇宙真理という愛で満たされて

いなければ、何の価値が有りましょうか?

だから、こう言われます。

空を飛べるからとて勘違いするなと。

真っ黒いカラスでも容易く空を飛んでいるではないのかと。

あるいはまた水の中に何時間も何十時間も潜れるからとて、

悟りと勘違いするなと。

カエルとて何時間も何十時間も潜っていられるのではないのかと。

だから、悟りとは、盲信狂信偶像崇拝でもなく、皆さん一人一人が

今与えられている社会で、真の自分を宇宙真理として見失うこと

なく、で、その正しさを失うことなく、我は真理なりと、すべてを

許して愛分ちあって生きていることが、これが悟りではないでしょうか?




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今日もこのような話を書かせて頂けることを

神に感謝いたします。




真理こそ実在 | 【2006-06-06(Tue) 22:07:02】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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